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・第257話:「潮目:2」

・第257話:「潮目:2」


 新勇者を失い、すっかり戦意を失って逃げ延びてきた人類軍の敗残兵たち。

 その悲惨な姿を、多くの人間たちが直接、目撃することとなった。


 なぜなら、人類軍が逃げ延びて行った先は、聖母の命令によって数百年も昔に建設されて以来、人々の移動や物流の大動脈として機能していた運河だったからだ。


 その運河は、人類軍が反乱軍を攻撃するために進軍してくる際にも利用されていた。

 そして人類軍が上陸し、反乱軍を討伐するために向かう際に、その上陸地点には、補給拠点が置かれていたのだ。


 物資をすべて失った人類軍にとって、まとまった補給を受けることのできる見込みがある最寄りの場所が、その、運河のほとりに作られた補給拠点だった。


 逃げ延びてきた数万の人類軍の将兵は、みな、飢えからか、補給拠点に残されていた物資に群がった。

 その、とても人類軍の兵士だったとは思えないような状態の兵士たちは、補給拠点を守っていた兵士たちの制止を無視し、その集団の異様さにパニック状態となった補給拠点の兵士たちから矢を射かけられて数名が倒されても、止まらなかった。


 そして、押しよせた人類軍の敗残兵たちは、補給拠点に残されていた食料をむさぼり食った。

 麦などの穀物はなんの調理もせぬまま生で食らい、互いに争い合いながら、ひたすらに飢えを満たすために食料を腹の中に押し込んだ。


 その光景を、運河を通行する多くの人々が目撃することとなった。


 やがて騒ぎは、人類軍の飢えがひとまずは満たされたことと、反乱軍への攻撃が失敗したことを知って、聖都から急遽きゅうきょ派遣されて来た、貴重な生き残りの教会騎士たちに率いられた人類軍の到着によって収拾された。

 しかし、それまでの間に、数えきれないほど多くの人々が、人類軍の惨状を目にすることとなった。


 人類軍が、敗北した。

 新勇者が、新魔王によって打ち倒された。


 聖母の加護が、もはや、意味を成さなくなった。


 その事実を、聖母たちは情報統制を敷いて必死に隠そうとしたが、多くの人々によって人類軍の惨状が目撃されたことによって、到底それを隠しきることなどできなかった。

 聖母の加護が新魔王には通用しないのだという現実は、人々の口伝てに急速に広まり、ウワサされ、様々な尾ひれまでついて、人類社会に広がって行った。


 エリックたち反乱軍が、なにかをする必要もなかった。

 人類社会の間では聖母への不信が広まり始め、盤石ばんじゃくであったはずの聖母の支配は、大きくほころび始めたのだ。


────────────────────────────────────────


 人類社会の間に、動揺が広がっている。

 情勢を探りに行っていた偵察兵スカウトたちからそういった報告がもたらされるようになってきても、エリックたち反乱軍はまだ、獲得した3万名もの捕虜の処遇を決めかねていた。


 その扱いについて、反乱軍の中では、割れていた。


 このまま彼らを捕虜としておくか、それとも、共に聖母と戦うように勧誘して、味方に引き入れるのか。

 生き埋めにしてしまえという意見も少数派ではあったが未だに存在し続けていたが、ひとまず、反乱軍では捕虜たちをこのまま捕虜にしておくのか、それとも味方に引き入れようと試みるのかで議論になっていた。


 本音を言えば、戦力として、3万もの軍勢は惜しかった。

 彼らはすべて人類軍の元兵士たちで、体力を回復したところを再武装させれば、そのまま即戦力となる。

 反乱軍は一気に、10倍以上もの数に膨れ上がるのだ。


 そうすれば、エリックたち反乱軍は、聖母に対して本格的に、反転攻勢へと転じることができるかもしれなかった。


 今、人類社会は大きく動揺している。

 そこに反乱軍が打って出れば、人類社会の動揺をさらに拡大し、聖母の打倒へとより一層、近づくことができるかもしれないのだ。


 しかし、懸念も大きかった。

 味方になってくれれば確かに心強かったが、捕虜たちの数は現在の反乱軍に比べて、圧倒的に多いのだ。


 その捕虜たちに、武器を渡す。

 そうしてから反乱を起こされては困るというのが、根強い懸念として残っている。


 たとえ、捕虜たちが口では反乱軍に加わると誓ったとしても、信用などできない。

 武器を手にするための方便であり、いざ、味方として実際に武器を与えた瞬間に、裏切らないとは言い切れないのだ。


 だが、このままにしておくこともできなかった。

 こんなに多数の捕虜を抱えていては、エリックたち反乱軍自身が、まったく身動きを取れないからだ。


 人類社会はこれまでになく、動揺している。

 エリックたちとしては、この最大のチャンスを生かして、さらに揺さぶりをかけていきたかった。


 しかし、3万もの捕虜がいるとなると、見張りのために人数を割かなければならないし、本拠地であるデューク伯爵の城館を手薄にした瞬間に捕虜たちが決起し、エリックたちが根拠地を失う、という事態も起こり得る。


 そしてなにより、今は人類軍が残していった物資で大丈夫でも、将来的に、食料が不足することが確実だった。

 現在反乱軍が抑えている解放区の生産力では、3万名もの人数を食べさせていくことは難しいのだ。


 最終的に、この件については、エリックが判断を下さなければならなかった。

 それが、反乱軍のリーダーであるエリックの役割であり、責任だからだ。


 エリックは、この捕虜たちをみな、解放することに決めた。

 もちろん武器などは渡さず、無事に聖母側の陣営に帰れるだけの食料だけを渡して、自由の身にしてしまうのだ。


 これには反対意見も強かった。

 無傷で兵士たちを解放してしまえば、また、武器を手にして反乱軍に向かって来るかもしれないからだ。


 だが、結局、反乱軍の幹部たちはみなこのエリックの決定を支持した。

 虐殺などできるはずもなかったし、このまま捕虜たちを抱え込んでいては、反乱軍自身が自滅してしまうからだ。


 ただ、エリックは捕虜たちを解放する際、自発的に反乱軍に加わる者がいないかどうか、確認だけはした。

 無事に帰れると保証されているにもかかわらず、それでも残って戦いたいという者がいれば、その意志は信じても問題ないと思えたからだ。


 結局、エリックの呼びかけに応じて、3000名弱の人類軍の兵士たちが反乱軍に加わることとなった。


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