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・第254話:「決別:2」

・第254話:「決別:2」


 エリックは、かつてリディアが、何人もの勇者たちをその手にかけてきたのと同じように、聖剣を腰だめにかまえ、その切っ先をバーナードの心臓めがけて突き入れていた。


 聖母から力を与えられ、身体能力だけではなく、生命力や治癒力も強化された存在である、勇者。

 そんな存在を一撃で、反撃する間もなく確実に絶命させるためには、その首を斬り落とすか、心臓を一突きに貫く他はない。


 そして長大な刀身を持つツヴァイハンダ―の形状をしている聖剣は、たとえ勇者が聖母の裏切りに気づいて反撃しようとして来ても、その間合いの外から攻撃することができる。


 エリックが今、手にしている聖剣。

 それは、勇者を裏切り、使い捨てにするために選ばれたものだった。


 その本来の役割で最後に使われた時、この勇者の無念で彩られた聖剣は、その役割を果たすことができなかった。


 もう、こんなことを続けたくない。

 リディアの心の内側でふくらみ、抑えきれないほどに大きくなっていた罪の意識がリディアの手元をわずかに狂わせ、その切っ先を心臓からわずかにずらしたのだ。


 だが、エリックが突き入れた聖剣は、狙いをそれることなく、バーナードの心臓を貫き通していた。


 エリックの両手に、聖剣がバーナードの命を奪い取る感触が伝わって来る。

 バーナードが身に着けていた胸甲を貫き、その皮膚を、肉を、骨を貫き、心臓で止まることなく、背中へと突き抜けていく、重い感触。


 おそらくエリックがこれからどれほど長生きをしようとも決して忘れることのないだろう、感触。


「そうだ、それで、いい……」


 自身の心臓の鼓動が止まり、絶命するまでの刹那せつな

 バーナードは満足そうに微笑みながらそうエリックに言い残し、そしてそのまま、2度と動かなくなった。


 バーナードの全身から力が抜けるのと同時に、エリックの腕に、バーナードの、魂を失った肉体の重さがズシリとのしかかる。


 だらん、と下がった手足。

 エリックに向けた笑顔のまま、うなだれるようになっている頭。

 そして、突き刺された聖剣の刀身に沿って、したたり落ちて来る血。


 バーナードを、殺した。

 そのことを実感したエリックは、自身の全身が震え出すのを止めることができなかった。


 覚悟したうえで、こうするしかないと理解したうえで、エリックは親友を手にかけた。

 だが、覚悟や理解ができていたからといって、この結末が、エリックにとってショックでないはずがなかった。


 エリックにとって、バーナードという存在は、それほどに大きな存在だったのだ。


 エリックは震えながら聖剣から手を離すと、その場に崩れ落ちそうになるバーナードに駆けより、その身体を抱きとめていた。


 エリックの表情が、悲しみと苦しみに歪み、苦悶の声が漏れる。


 だって、バーナードの身体は、まだ、暖かいのだ。

 ついさっきまで、生きていたのだ。


 そして、そんなバーナードを殺したのは、エリックだった。


 エリックは、今すぐにこの場で、声を出して泣きじゃくりたかった。

 他のなにを考えることもなく、ただひたすらに、バーナードの死を悲しみたかった。


 だが、エリックはそうすることができなかった。

 なぜなら、今も戦いが続いているからだ。


 まだ、エリックと、その周囲にいたわずかな者たちしか、[新勇者]が、[新魔王]によって倒されたことを知らない。

 人類軍はその大軍の威力を発揮して反乱軍を攻撃し続けていたし、反乱軍もエリックがバーナードを倒し、この状況を打開するまではと、必死に戦い続けている。


 エリックには、立ち止まっていられる時間などなかった。

 そんなことをしている間にも戦いは続き、犠牲はどんどん、増えていく。


 エリックが守り、救いたいと願っている人々が、傷ついていく。


 エリックは、1秒でも早く、この場で戦い続けている者たちすべてに、新勇者が倒れたことを、聖母の加護が意味を成さなくなったのだという事実を、知らしめなければならなかった。


「エリック……」


 戦いの決着がつくまで他の者が割って入ってくることがないよう、周囲で戦っていたセリスがエリックの側に駆けよってきて、それから、心配するような声でエリックの名前を呼んだ。

 近くにいた人類軍には新勇者の死が見えていたはずだから、おそらく、すでに逃げ散ってしまったのだろう。


「……セリス、聖剣を抜くのを、手伝ってくれ」


 エリックは声を震わせながらも、そう言って、バーナードの身体に突き刺さったままの聖剣を引き抜くために、その刀身に手をかけた。


 自分の手が傷つくことなど、今のエリックにはどうでも良いことだった。

 バーナードを自身の手にかけたことに比べれば、その程度の痛みなど、もはやなんでもないことなのだ。


 バーナードの身体から聖剣を引き抜き始めるエリックの姿を見てより一層表情を曇らせたセリスだったが、彼女はそれ以上なにも言わず、エリックに言われた通り、聖剣の柄の部分を握って、剣を引き抜くのを手伝い始める。

 今の自分では到底、エリックの悲しみを和らげることなどできないと、セリスは理解しているようだった。


 エリックとセリスは協力して、聖剣を引き抜いていく。

 その作業を黙々と続けながら、エリックはとうとう、涙をこぼしていた。


 エリックの手に、バーナードの血が触れる。

 それと同時に、エリックにバーナードの[血の記憶]が、流れ込んで来る。


 バーナードの思いが、エリックの中に流れ込んで来る。

 それは間違いなく、エリックがバーナードに対していだいていたのと同じ、親友であり、兄弟同然という、親愛と信頼に満ちた感情だった。


 そしてエリックは、バーナードがエリックを裏切らなければならなくなった理由も、理解していた。


 バーナードの故郷の人々。

 家族や、臣下たちに、そこで暮らす人々。


 エリックと戦わなければその人々を処刑すると、バーナードは聖母から脅されていたのだ。


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