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・第25話:「城塞:1」

・第25話:「城塞:1」


 日が落ち、魔大陸の荒野から熱が失われ始めると、エリックは窪地くぼちから起き上がって歩き始めた。


 夜は暗く、危険な野生動物も徘徊しているため、普通は動きにくい。

 だが、荒野ばかりで植生に乏しく、生命の数も少ない魔大陸では、不意に野生動物に襲われる心配は小さかったし、周囲に光源がなく乾燥して済んだ大気の夜空にははっきりと星が見え、目を凝らして闇にならせばなんとか足元くらいは見えた。


 それに、エリックはもう、迷うこともない。

 人類軍が魔大陸侵攻の足がかりとして制圧し、使用していた城塞には夜間でも火がたかれ、その明かりは遠くからでも容易に目にすることができた。


 エリックは、消耗した身体を、前へ、前へと動かし続ける。

 折れかけの黒魔術士の杖を突きながら、歯を食いしばって、力を振り絞る。


 このままでは、終われない。

 仲間に裏切られ、捨てられたことの復讐を果たし、聖母の力によって、自身の身体に巣くっている魔王・サウラを消滅させるまでは。


 そうしなければ、これまでエリックがなしてきたこと、積み重ねてきた努力が、すべて無駄になる。


 そんなことは、あってはならない。

 絶対に、そんなことはさせない。


 その気持ちだけが、エリックの衰弱した身体を動かす原動力となっていた。


────────────────────────────────────────


 夜空の中に、城塞の城壁、そびえたつ塔の黒々としたシルエットが見える。

 ところどころには見張りの兵士のためにかがり火がたかれ、その火の近くには見張りの兵士の姿がおぼろげに見える。


 そこは、元々は魔王軍が、魔大陸から人間の住む大陸へ侵攻するための、その足がかりとして築いた城塞だった。

 大まかに言うと二重構造となっていて、長期の籠城に備えて城壁が高く、塔も多く、防御を固く作られている主郭と、その周囲を取り巻く、魔大陸から出征していく魔王軍の軍勢を受け入れるための十分な広さを持った副郭からなり、船舶を停泊させるのに適した泊地に面している。


 魔王軍にとって重要な軍事拠点であっただけにこの城塞の守りは固く、魔大陸へと逆侵攻を果たした人類軍はここで激しい戦闘を経験した。

 しかし、最終的には、飛竜を始めとする豊富な航空兵力を有する人類軍が勝利し、以来、この城塞は魔王城を攻略する人類軍へ必要な物資や補充の人員を送り出すために使われていた。


 魔王城が陥落し、魔王は滅んだ。

 エルフの黒魔術士の手によって魔王・サウラの魂がエリックの肉体に移され、エリックの魂を消し去り、復活しようとしていることなど知らない人類軍は、魔王城での後始末を終えるとこの城塞まで撤退し、凱旋がいせんする準備に入っている様子だった。


 城塞は大軍を収容できるように作られてはいたものの、魔王城を攻略するために集結した人類軍のすべてを収容することはできず、場外にまで人類軍の野営が築かれ、未だに多くの兵士たちが滞在している。


 見張りは立てられてはいるものの、不用心だった。

 魔王軍が殲滅せんめつされ、人類軍に襲いかかって来る様な敵対勢力がいなくなったことや、長く苦しかった戦いがようやく終わり、それも勝利という形になるということで、兵士たちの気は緩み、周囲の警戒がおざなりになっているらしい。


 エリックは、よろよろとした足取りで、場外にまで築かれている人類軍の野営の中に入って行った。


 ようやく、エリックは、人間の世界へと戻って来た。

 そのことにエリックは感動し、今すぐにでも自分が帰り着いたということを大声で人々に知らせたかったが、しかし、エリックはそうすることができなかった。


 あまりにも飢え、そして、が渇いて、声を出すような気力がないからだ。


 最後に食べ物らしい食べ物をまともに口にし、水を飲んだのは、もう、ずいぶん前のような気がする。

 完全に食料や水を使い果たす以前から、切り詰めて、切り詰めて、ここまで旅を続けてきたエリックにとって、最優先事項はまず、食料、そして水だった。


 魔大陸攻略のための拠点とされていた城塞では、物資が豊富だった。

 大勢の兵士たちが何か月も十分に食べていくことのできる食料が備蓄され、エリックが野営のテントの中をのぞくと、簡単に食べ物を見つけることができる。


 魔王軍の将兵が持っていた、変な臭いのする奇抜な味の食べ物ではなく、エリックが幼いころから慣れ親しんだ、人間の食べ物だ。

 エリックはぶら下げられたベーコンやソーセージ、チーズの姿を見て、つばも出ないのにゴクリ、とのどを鳴らした。


 だが、エリックは、それらには手をつけなかった。

 そんな、乾燥している食べ物よりも、もっと美味しそうなものを見つけたからだ。


 それは、焚火たきびにかけられてぐつぐつと煮え立ち、今まさに食べごろとなっていそうな、スープだった。

 兵士たちが夜食とするためか、あるいは朝食に食べるためなのか作っていた様子のスープは、あたりにその香りをまき散らし、エリックの空腹を刺激する。


 テントの中からそれを見つけたエリックは、無我夢中で鍋に駆けよると、鍋蓋を投げ捨て、鍋に入っていたお玉で直接スープをすくって食べた。


 それは、実際には、かなり熱かったはずだ。

 だが、今の、飢えと渇きでバカになっているエリックには、関係がない。


 ただ、ただ、うまかった。

 スープを味わっている余裕などなく、エリックはスープを自身の身体の中へと流し込む。

 すると、身体の中にスープの暖かさが広がって、まるで、命そのものを身体の中に取り込んでいるような、そんな心地だった。


 そしてエリックは、激しくむせた。

 飢餓きが状態に置かれていたエリックの身体は食料を受けつける準備が整ってはおらず、熱いスープを一気に流し込んだために拒否反応を引き起こしてしまったのだ。


 エリックはその場にうずくまり、ゼー、ハー、とあえぎながら、咳き込む。


 そんなエリックの耳に、ガシャガシャ、と、鎧を鳴らし、軍靴を蹴り上げて駆けよって来る兵士たちの足音が聞こえてくる。

 エリックがむせているのに気づいて、何事かと、見張りに立っていた兵士たちが確かめに来たのだろう。


「貴様! ここで、なにをしているッ!!? 」


 ようやく咳がおさまり始めたエリックが顔をあげると、周囲は何名もの兵士たちによって取り囲まれ、そして、彼らはそう声をあげると、一斉にエリックに槍の矛先を向けてきたのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] これで現実を突きつけられるのは、復讐なんて気も起きないくらいにへし折られそう。
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