・第247話:「包囲」
・第247話:「包囲」
とうとう、10万の人類軍が、デューク伯爵の城を包囲した。
それはかつて魔王城を包囲した時の人類軍から比べれば数分の一程度の軍勢だったが、3000に満たない反乱軍からすれば、圧倒的と言う他はない大軍だった。
人類軍は、まるでその存在を誇示するようにゆっくりと進軍し、かつ、反乱軍への見せしめとして、通り道にあった村々を焼き討ちし、略奪しながら迫って来た。
そういった村々に暮らしていた人々はすでに避難が済んでいたものの、自分たちの故郷を焼かれた人々の動揺は決して小さくはなく、そして、故郷が焼かれているのになにもできないという絶望感は、大きなものだった。
エリックたち反乱軍は、防戦の準備を進めながら、毎日のように近づいてくる人類軍による焼き討ちの煙が立ち上るのを眺めていた。
それは夜になっても燃え盛る家屋の炎に照らされてはっきりと浮かび上がり、そして、それがだんだんとこちらに近づいてくるのを見ていると、誰もが焦燥と不安とを覚えずにはいられなかった。
それでも結局、反乱軍は、誰1人として逃亡者を出さずに、人類軍を迎えうつこととなった。
それは、エリックたち反乱軍の幹部たちが、人々の前で決して動揺を表に出さなかったからだ。
ケヴィンに気合を入れ直されたエリックは、その甘さを乗り越えた覚悟に満ちた表情で人々の前に立ち、一緒に防戦の準備を進めながら、どんなことがあっても必ず戦い抜き、勝利するのだという決意を見せ続けた。
それは、ケヴィンやラガルト、ガルヴィンなど、直接多くの兵士たちを統率する幹部たちも同様で、その、絶望的な状況の中でも決してあきらめず、勝利を得るための方法を模索し続け、戦うのだという姿勢は、どうにか人々の心をつなぎとめ、奮い立たせていた。
そうしてエリックたち反乱軍は、人類軍による包囲を、できる限りの準備を整えたうえで迎えていた。
反乱軍はこの戦いのために、もてる戦力のすべてをデューク伯爵の城館へと集結させていた。
今までは、魔法学院とその門前町の警備のために1個大隊500名を割いていたのだが、今回、魔法学院の防備は魔術師たちが形成する魔法のシールドに頼ることとして、これまで警備に残してきていた兵力も戦いに集めている。
反乱軍は結成当時、6個大隊、計3000名と、その他の騎兵と魔術師たちで成り立っていた。
しかしながら、ヘルマンの襲撃によって受けた損害も大きく、6個大隊の内1個大隊は解散させて他の大隊の補強にあて、反乱軍は現在、5個大隊に騎兵と魔術師を加えた編成となっている。
これに加えて、各大隊から志願者を募って編成された200名の決死隊が新たに編成されていた。
そのエリックたち反乱軍が籠城しているデューク伯爵の城は、デューク伯爵の居館であり政庁でもあった城館と、その城下町から成り立っていた。
そして、城館には城下町へと続く出入り口が1か所、城下町には城外とつながる出入り口が3か所、設けられている。
エリックたち反乱軍は、1個大隊を城館の防衛に、3個大隊をそれぞれ3か所ある城下町の門の防衛に、残りの1個大隊を全体の予備として城下町の中央付近に配置している。
これに、魔術師たちを適時に司令部から派遣し、戦況に応じて支援できる体制を整えてある。
そして、数としては小さなものだったが、騎兵部隊はケヴィンに率いられ、戦況に応じて自由に行動することが許された遊撃隊として活用されることとなっていった。
ラガルトとガルヴィン、リザードマンと人間でありながら意気投合し、今回、エリックとバーナードを1対1での戦いに持ち込ませるという重要な役割を果たすこととなった2人は、それぞれが1個小隊にあたる100名ずつの決死隊を率いて、こちらも城下町に置かれている。
反乱軍は、人類軍が総攻撃を開始した場合には、バーナードが姿をあらわした城門をわざと突破させ、城内におびきよせることとなっている。
この決死隊は、1度突破された城門を再度奪還して封鎖し、バーナードと他の人類軍とを分断するという、もっとも困難な戦いをすることとなっていた。
対する人類軍は、その圧倒的な兵力で、城を四方から完全に包囲していた。
人類軍はその戦力を2万ずつの5つに分け、その内の4つで城を東西南北から包囲するのと同時に、残りの2万を後方に分散配置して、反乱軍が不意の反撃に出てきたり、伏兵などを用いて奇襲をしかけてきたりした場合に備えさせた。
通常、軍隊というのは、戦局の変化に合わせて即時に投入できる、予備兵力と呼ばれる部隊を一定数準備するものだった。
前線に配置され、すでに交戦状態にある部隊に対し、司令部からの連絡は必ずしも伝わるとは限らないし、状況によっては新たな命令を受けても即座に反応することができないといったことが起こり得る。
そうなればせっかく勝機を得たのだとしても、タイミングが合わずに、その勝機を逃してしまうことになる。
予備兵力とは、そういった限られたタイミングで即座に投入し、戦局を決定づけるための兵力であり、[予備]と呼ばれはするものの、それは二線級といった意味ではなく、むしろ[とっておき]や[切り札]といった意味になる。
また、この予備兵力は、敗北が決定的となった場面でも重要なものだった。
まだ実戦を行っておらず、兵士たちの体力も装備も十分なまま温存されている予備兵力があれば、敵の追撃を受け止め、敗走する前線の部隊をより多く、安全に退却させることができるからだ。
その、一般的な軍隊の常識で言えば、ほぼかならず一定数は用意されるべき予備兵力を、人類軍は用意しなかった。
それは、この戦いが人類軍の勝利で終わるという絶対的な自信のあらわれだ。
反乱軍を圧倒する大兵力でもって正面から総攻撃を実施すれば、たとえどんな奇策を反乱軍が用いてこようとも勝利は絶対的に明らかで、わざわざ予備兵力など準備しなくとも問題ないと、人類軍は考えているのに違いなかった。
そしてそれは、バーナードが、[新勇者]が、自ら先頭に立って突っ込んでくることの証明でもあった。
予備兵力を準備しないということはつまり、人類軍は最初からその全力で、出し惜しみなどなく、反乱軍を圧殺しにかかってくるということだからだ。