・第244話:「甘さを捨てろ:2」
・第244話:「甘さを捨てろ:2」
唐突にケヴィンに殴りつけられ、床の上に倒れこんで呆然としているエリックに、ケヴィンは強い言葉を続ける。
「貴殿が、どこに行っていたのかは、俺にはわかっている!
新勇者に、バーナードに、会いに行ったのだろう!?
そして、そこでなにがあったのかも、貴殿の様子を見れば、わかる!
貴殿は、親友に裏切られた!
そうなんだろう!?
だが、今はそうやって、周囲に甘えて、無気力に悲嘆に暮れていていい時ではないのだと、貴殿だって分かっているはずだ! 」
エリックの頭を、心を、直接突き刺すようなケヴィンの言葉。
その言葉を、エリックは呆然としたまま、聞いている。
突然ケヴィンに殴られた痛みも衝撃もあったが、なにより、彼がこんなふうに直接的な暴力を振るうとは、考えたこともなかったからだ。
エリックとケヴィンは、聖母を倒すために共闘するようになってからの、短いつき合いだったが、エリックはケヴィンが勇敢だが思慮深い、優れた指導者だと知っていた。
ケヴィンはこれまでの戦いで度々その勇敢さを示して来たが、同時に、決して短慮な猪突猛進はせず、彼に率いられた人々をなんとか生かそうと、最善の努力をしていた。
そんなケヴィンでなければ、サエウム・テラという聖母に支配された大陸で、魔王軍の残党たちをこれまで率いてくることなど、できなかっただろう。
戦う時には、誰よりも勇猛果敢に。
しかし、そうでない時は、思慮深い指導者。
それが、エリックの知っているケヴィンだった。
そのケヴィンが、エリックを唐突に、殴りつけた。
それは、エリックの心の内側で渦巻いていた、バーナードに裏切られたと悲嘆する感情を麻痺させるような一撃だった。
「貴殿の勇敢さ、そして、聖母の支配からこの世界を救いたいという思い、それを、疑ってはいない!
だが、エリック殿、貴殿には時々、どうしようもない[甘さ]を感じる時がある!
今が、まさにその時だ!
聖母を倒し、この世界を解放する!
そのために戦わねばならない時、貴殿は、新勇者とかつて親友だったのだから、話せば解決できるとそう考え、会いに行ったのだろう!?
そして裏切られたから、そうやって、いじけているのだ!
それが、貴殿の甘さなのだ! 」
エリックはこれまで、必死に、戦い続けてきたつもりだった。
誰かに甘えたり、自分を甘やかしたりしてきたようなつもりは、一切、なかった。
だが、ケヴィンの言葉に、エリックは反論することができなかった。
バーナードに裏切られて、ショックを受けていた。
だが、エリックはその現実に向き合うことができず、戦いに向けて気持ちを切り替え、人々を救うための最善の努力をするべき時に、(1人にして欲しい)と、いじけていた。
その事実がある限り、エリックは、自分が周囲の人々に、そして、自分自身に甘えていたのだということを、否定することができなかった。
「俺は。新勇者が、バーナードがどんな人物だったのかは、知らない!
しかし、貴殿やクラリッサ殿、リディア殿の様子を見れば、それが、信頼のおける仲間であったことはわかる!
その、仲間が、貴殿を裏切った!
そこには必ず、大きな、相応の理由があったはずだ!
新勇者は、貴殿にはわからない、想像もつかないような理由で、貴殿と戦うことを選んだ!
しかし、貴殿が信頼した仲間であるのならば、その決意を下すまでに、相応に悩み、苦しんだはずだろう!
それほどの決意を固めなければならなかった相手に、貴殿はなぜ、そうやってめそめそとしているのか!?
かつての親友が敵になるというのならば、貴殿も全力で戦わねばならぬ!
相手は、そうしなければ必ず、貴殿を、我らを滅ぼすと、すでに心に決めているのだ!
それを、貴殿はそうやって、1人でいじけている!
これ以上に情けないことが、他にあるのか!? 」
バーナードが、エリックを裏切り、聖母の側につき、[新勇者]となった理由。
それは、エリックには少しも、わからない。
直接目にしたバーナードは、とても、聖母に洗脳されたり、あやつられたりしているような雰囲気ではなかった。
バーナードは、自らの意志でエリックと戦うことを選んだのだと、そう信じざるを得なかった。
それが、エリックにとっては、余計にショックだった。
だが、バーナードがエリックと敵対する道を選んだ理由がわからずとも、そこに至るまでに、相当に悩んだことは間違いない。
なぜなら、仮にエリックの方からバーナードを裏切るという場合を想定してみても、「そんなことは絶対にありえない」と、そう断言することができるからだ。
バーナードもきっと、同じように、「エリックを裏切ることなど絶対にありえない」と、そう思っていたはずだ。
そうでなければ、エリックのことを信じ、危険を冒してまでエリックを救おうとしてくれはしなかっただろう。
だが、その[絶対]を超えるような[なにか]によって、バーナードは裏切ったのだ。
だから、お前は、甘ちゃんなんだよ。
エリックに刃を向けた際、バーナードが叫んだ言葉。
それはきっと、[絶対]を捻じ曲げなければならないほどの理由があって、苦悩の末にエリックと敵対することを選んだバーナードに対し、「話せばわかってもらえる」と、未練がましい気持ちでノコノコと単身で姿をあらわしたエリックに対する、バーナードの憤りの言葉だったのに違いない。
(オレは……、バーニーと……。
[新勇者]と、戦わないといけないんだ……っ! )
ケヴィンに殴られたところに、まだひりひりとした痛みの余韻が残っている。
黒魔術の力により、強烈な拳によって裂けた口内の傷はすでに修復されていたが、そこにはまだ、自身の血の味が残っている。
エリックはその痛みの余韻と血の味を感じながら、ケヴィンのことを、真っすぐに見上げていた。
迷いのない、真っすぐなエリックからの視線。
その様子で、エリックにもはや迷いがなくなったことを知ったケヴィンは、ようやく表情を和らげると、エリックを助け起こすために手を差し伸べてくれた。