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・第24話:「孤独な旅:2」

・第24話:「孤独な旅:2」


 そこは、見渡す限りの荒野だった。

 聖母の加護と祝福を与えられていない魔大陸はどこまでも不毛な土地で、過酷だった。


 ようやく、谷底から脱出することができた。

 エリックはその喜びにも、安心感にもひたることはできず、荒野の中に歩き出さなければならなかった。


 食料も水も、乏しい。

 ギリギリの状況で、エリックは消耗しょうもうしていたが、悠長に休息をとっているような余裕は残されていなかった。


 幸いだったのは、谷を抜け出した先が、人類軍が魔大陸侵攻の足がかりとして利用していた海岸沿いに築かれた城塞から、それほど離れてはいない場所だったということだった。


 夜が明けるのを待ち、折れかけた魔術師の杖を突きながらエリックは近くにあった丘の上にのぼった。

 そこから周囲の地形を確認し、そこがどこなのかを確かめ、東西南北がどちらを向いた先であるのかを知り、自分がこれからどこに進めばよいのかを知るためだった。


 丘の上からは、海が見えた。

 それほど高くない丘から見えたということは、海岸線はそう遠くないということだ。

 そして、その海岸のある方向に、薄くたなびく黒い煙を見て取ることができた。


 煙があるということはそこには火があるはずで、植生に乏しい魔大陸では山火事といった災害はまず起こらないだろうから、その火は人工的に持ち込まれた燃料で燃やされているということになる。

 そして、魔王軍が殲滅せんめつされ、魔王が魂だけの存在となった今、火を使うのは人類軍だけだった。


 エリックは煙の見えた方角へ向かって、真っすぐに進んでいった。

 他に目指すべき場所もなかったし、聖母に拝謁し、なにが起こったのかを伝え、裏切り者を裁き魔王・サウラからエリックを救ってもらうためには、魔大陸を脱出して人間が住んでいる大陸へと移動しなければならない。

 そのための舩を持っているのは、魔大陸が人類軍に制圧され魔王軍が殲滅された今となっては、人類軍しかいない。


 海岸線も、煙も見える、ということは、エリックが健康な状態であれば、1日もあれば十分たどり着ける距離だったはずだ。

 だが、消耗し、物資の乏しいエリックは、歩ききることができずに一度足を止めるしかなかった。


 早く人類軍の城塞までたどり着いて、人間の顔を見たい。

 そうすれば、エリックは食べ物も、水も、きっと十分に分けてもらうことができるはずだったし、新しい衣服に着替え、清潔で快適なベッドで休むことだってできるはずだった。


 なにしろ、エリックは勇者なのだ。

 魔王を倒し、世界を救い、その使命を果たした、英雄。

 歓迎されないはずがなかった。


(愚かなことよ)


 少しでも体力の消耗を抑えるために行動するのは主に夜間と決めているエリックが、日が昇り始めたのに気づいて歩くのをやめ、窪地くぼちを見つけ、暑くなる昼の間に少しでも涼をとるためにその底を軽く掘ってそこにうずくまって休んでいると、これまでほとんど話すことなくエリックの行動を見守っていたサウラが、呆れたような口調で話しかけて来る。


(汝は、仲間に裏切られたのであろう? あの煙の下に人間がいるということは、汝を裏切った者もそこにいるかもしれぬ、ということ。たどり着いたところで良い結果となるとは限らぬ、そうであろう? )

(フン。お前の言うことなど、知ったことか)


 エリックはボロボロのマントにくるまって窪地くぼちの底にうずくまりながら、サウラのことを嘲笑あざわらった。


(ヘルマン神父と、リーチはオレを裏切った。……しかし、人間のすべてがオレを裏切っているはずがないし、オレは、勇者だ。……みんな、オレの言うことを信用してくれるはずだ)


 たとえエリックの目指す先に裏切り者がいるのだとしても、それはエリックにとっては復讐を果たすチャンスでしかない。

 エリックの生還を歓迎した人類軍の兵士たちは、エリックを裏切った者たちをエリックのために拘束してくれるはずだからだ。

 あとは、そのまま復讐を果たすのも、聖母に審判を仰ぎ、裁きを下してもらうのも、すべてエリックの思いのままとなるはずだ。


(もうすぐ、聖母様のお力で、お前も消してもらうことができる。……今さら慌てたところで、遅いぞ)


 エリックから見ると、サウラが突然、エリックに忠告するようなことをし始めたのは、サウラの焦りからによるものに違いなかった。


 エリックが人類軍との合流を果たし、聖母へ拝謁はいえつすれば、サウラは消滅させられる。

 だからサウラは、エリックに迷わせるようなことを言っているのだ。


 これまでは、サウラは黙っていた。

 そうしておいてエリックに自問自答させる方が、エリックを揺さぶるのに効果的だったからだ。


 それが、ここにきて、急に意見してくる。

 エリックが人類軍と合流してしまうのが、サウラにとってはよほど都合が悪いからに違いないのだ。


(……まこと、愚かよ)


 サウラはそれだけを言うと、また押し黙った。


 日が昇り、魔大陸の荒野が徐々に熱を帯び始める。


 エリックはすでに食料も水も使い果たし、飢えと渇き、そして熱さの三重苦で耐えがたい気持ちだったが、サウラが黙ったことに優越感を感じ、その優越感のおかげで苦痛に耐えることができた。

 サウラはエリックのことを愚かだと言うが、それは、今のエリックには[負け惜しみ]にしか聞こえない。


(フン。指をくわえて、見ているがいい。……お前はもすぐ、聖母様が消し去ってくださる。この身体は、オレの、オレだけのものなんだ)


 サウラを消滅させて、世界に完全な平和を取り戻す。

 そして、エリックを裏切った者たちにも、復讐する。


 エリックはその瞬間が来るのを、耐えがたいほどの渇望かつぼうと共に夢想しながら、動き出すことのできる夜が訪れるのを待った。


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