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・第223話:「キメラ:4」

・第224話:「キメラ;4」


 エリックは聖剣を、力いっぱい、振り抜いていた。

 魔王と融合することで得た膂力りょりょくで振るわれた聖剣は、常人の視力ではとらえることのできない速度で、風を切る音だけを残して、ヘルマンがいたはずの場所を横なぎにしていた。


「フハハハッ!


 また、動きが単調になっているぞ、エリック! 」


 エリックの全力での、その分動きの大きくなっていた一撃をひらりと回避したヘルマンは、そうエリックのことを嘲笑していた。


(エリック、冷静になれと、言ったはずだ! )

(ああ、わかっているさ、サウラ! )


 エリックはまた冷静さを失っていたことをサウラから指摘され、悔しそうに奥歯を強く噛みしめた。


 ヘルマンがエリックを嘲笑しているその意図は、エリックにもわかっている。

 ヘルマン自身の傲慢ごうまんさによる部分もあるはずだったが、その狙いは、エリックを怒らせることだ。


 怒らせれば、エリックの動きはその分、単調なものになる。

 そうなれば今のように攻撃をかわしやすくなるし、大きな隙ができ、ヘルマンからエリックを攻撃しやすくなるのだ。


 ヘルマンの狙いは、わかっている。

 それだけではなく、ついさっきも、自分で「頭が冷えた」と言ったばかりなのに。

 こんなふうに、簡単に挑発に乗せられてしまう。


 そのことが、エリックは悔しくてしかたがなかった。


「おやおやぁ?

 今度はなにか、考えごとかなぁ?


 せっかくお前をおびき出すためにこれだけのことをしてやって、しかも、この俺の正体まで見せてやったのだから、退屈させないで欲しいものだなぁ? 」


 ヘルマンは、そんなエリックのことをニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて見つめながら、さらにあおるように言う。


「……なんだと?

 オレを、おびき出すために? 」


 そのヘルマンの言葉の中に聞き捨てにできないことを聞いて、エリックは思わずそうたずね返していた。


「ああ、そうさ!

 全部、お前を始末するためなのさ! 」


 すると、ヘルマンは得意げに笑った。


「1万の教会騎士団も!

 100を超える竜たちも!

 そして、この俺も!


 全部、全部、お前を、お前ただ1人だけを始末するためなのさ!


 光栄に、思うがいい!

 お前のことを、それだけ、聖母様がお認めになっているということなのだからな! 」


 エリックただ1人を始末するために、聖母はそのなけなしの戦力である、聖都を守っていた教会騎士団を投入し、100頭を超える竜を出撃させ、そして、聖母にとって一番の腹心であり共犯者でもあるヘルマンを送り込んできた。


 それは、エリックが、聖母にとっての[脅威]であると、認められたことに他ならない。

 エリックは聖母にとって取るに足らない使い捨てにするだけの[道具]に過ぎなかったはずなのに、今は、なんとしてでも倒さなければならない[敵]となったのだ。


 その事実を、エリックは、喜ぶべきなのかもしれなかった。

 聖母に脅威だと思われるほどに、エリックの力は強くなり、味方も増えたということだからだ。


 だが、その事実は、同時に、ここで死んだ大勢の人々が、すべて、エリックのためだけに命を失ったということでもあった。


 谷底へ突き落とされ、炎に巻かれて死んでいった、大勢の教会騎士たち。

 そして、エリックによって切り裂かれていった、竜たち。


 それだけではない。

 地上で竜たちの攻撃にさらされ、そして、ヘルマンたちの手にかかって死んでいった、大勢の人々。


 そのすべてが、エリックただ1人を始末するためだけの[罠]の一環として、命を失ったのだ。


 悪辣なのは、そんな作戦を命じ、実行に移させた、聖母だ。

 だが、エリックの周囲に散らばっている、かつて人間だったモノの残骸が、エリックの心の中に少なくない罪悪感を芽生えさせていた。


「ああ、まったく、なんて、かわいそうに! 」


 そんなエリックの心の動きを、まるで、読み取っているかのように。


 ヘルマンは大仰な仕草で嘆息して見せると、憐れむような口調で言った。


「お前のような反逆者に加担などしなければ、今まで通り、安穏に生きていられたものを……。


 まったく、お前1人のために、いったい、どれだけ大勢の人間が死んでいったことか! 」


 それからヘルマンは、獰猛な笑みを浮かべ、不気味に生えそろった牙を見せつけながら、エリックをさらに挑発した。


「みんな、みんな、お前のせいで犠牲になったのだ!


 ここに転がっている愚かで憐れな者たちも、1万の教会騎士たちも!

 お前の父親、デューク伯爵も!


 お前が、聖母様に反抗しようなどとするから、死んでいったのだ! 」


 エリックは、強く聖剣の柄を握りしめていた。


 感情を、抑えなければならない。

 冷静になって、ヘルマンの動きを見極め、そして確実に、致命傷を与えなければならない。


 頭ではわかっていても、ヘルマンの一方的な主張は、エリックの怒りをかき立てる。


(全部、全部!

 オレを、人々をだまして、自分たちの都合のいいように世界を支配しようとしてきた、お前たちが悪いんじゃないか! )


 今すぐにでも、ヘルマンのよくしゃべる舌を斬り落とし、その心臓に刃を突き立て、動かなくなるまでその身体を抉ってやりたい。


 エリックは、その衝動をどうにか抑え込もうとする。


 だが、無理だった。


「おお、そうだ! 」


 ヘルマンは必死に怒りをこらえているエリックの前で、ニヤリ、と、意地の悪い笑みを浮かべる。


「お前のせいで、と言えば、もう1人いたな!


 エミリア、お前の妹だ!


 いやぁ、アレは、なかなかかわいい娘だなぁ?

 こう、頭からバリバリと、食ってやりたくなるくらいに!


 お前をおびき出すための人質として預からせてもらったが、しかし、ここでお前を殺してしまえば、エミリアも用済みになる。

 そうしたら、オレが、じっくり[楽しんで]から、食ってやることにしよう! 」


 その言葉に、エリックの理性は、完全に吹き飛ばされていた。


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