・第218話:「仇(かたき):2」
・第218話:「仇:2」
エリックは雄叫びでその存在に気づいたヘルマンが、驚きの表情を浮かべた、その瞬間。
勝ち誇って余裕ぶっていたヘルマンに向かって、エリックは聖剣を振り下ろしていた。
もちろん、この一撃で、ヘルマンを殺すつもりだった。
たとえ聖剣の攻撃をヘルマンが回避したとしても、エリックは自分自身の身体の質量と飛翔して来た速度によって、ヘルマンを粉々に粉砕するために、躊躇なく突っ込んでいった。
明かりとりのために大きく作られていた窓を突き破ってヘルマンへと襲いかかったエリックの突撃は、そのまま奥の壁にぶつかり、突き抜けて、その向こうにあった部屋を滅茶苦茶にし、ようやく停止した。
手ごたえは、あった。
ヘルマンは聖剣こそ回避したものの、なりふりかまわず突撃して来たエリックに巻き込まれて、跳ね飛ばされたはずだった。
「どこだッ!
ヘルマンッ!! 」
瓦礫を払いのけながら立ち上がったエリックは、聖剣をかまえながら、そう怒鳴った。
エリックはヘルマンを殺してやるつもりだったし、その突撃に確かに巻きこめはしたはずだったが、しかし、手ごたえは薄く、ヘルマンを殺すことができたとは思えない。
エリックにとって、ヘルマンはある意味、聖母以上に許すことのできない相手だった。
なぜなら、ヘルマンはエリックにとって、仲間として信じていた相手だったからだ。
エリックがまだ勇者として、魔王を倒すために旅をしていたころ、エリックは、ヘルマンのことを尊敬してさえいた。
彼はエリックの前では思慮深く敬虔な神父としての姿をよそおっていて、時にはエリックを教え諭し、戦いの際には守ってくれた。
だがそれは、すべてエリックを騙すための偽りの姿だった。
ヘルマンが思慮深い神父としてエリックを教え諭したのは、エリックが魔王・サウラを倒すための旅を途中でやめないように導くためだったし、エリックと共に戦い、時にはエリックを守りさえしたのは、確実にエリックに魔王を倒させるためだった。
すべては、エリックを騙し、利用するために。
ヘルマン神父はその卑劣な本性を巧みに隠して、エリックのことを騙し続け、そして、最後には嘲笑しながら裏切った。
それだけではない。
ヘルマンは、デューク伯爵を殺し、そして、エミリアをさらっていった。
エリックを騙して使い捨てにしただけではなく、エリックにとって大切な存在であった家族を、ヘルマンは奪って行ったのだ。
そんなヘルマンのことを、許すことなどできない。
「勇者様、後ろですっ! 」
怒りに我を忘れ、ハー、ハー、と荒い呼吸をくり返しながら目を見開いてヘルマンの姿を探していたエリックの背後で、リディアが叫んだ。
その声でエリックが背後を振り返ると、そこには剣を振りかぶった敵兵の姿がある。
ヘルマンと共に天守に攻め込んできていた、聖母の降下部隊なのだろう。
彼らは竜にできるだけ多くの兵士を乗せて運ぶ都合上、通常の兵士よりもずっと軽装で、鎧は胸部を守ることができるだけの胸甲しか装備しておらず、白兵戦で取り回しのしやすい片手剣と、中型のラウンドシールドを装備した兵士たちだった。
彼らは、突っ込んできたのがエリックだと気づいて、すかさず襲いかかって来たのだろう。
魔王・サウラと融合した異質な姿となっているにも関わらず、彼らは約束されている褒美のためか、あるいは聖母への忠誠を示すためか、迷うことなくエリックに向かって来た。
その兵士たちを、エリックはいらだたしそうに聖剣でなぎ払った。
今のエリックにとって最優先だったのは、ヘルマンを殺すことだ。
それを邪魔しようとする兵士たちは、エリックにとってはただうざったい存在でしかなかった。
「ザコが、邪魔、するなァッ!! 」
襲いかかって来た兵士たちを胸甲ごと真っ二つに叩き切ったエリックは、そう叫ぶと、残りの兵士たちに向かって突っ込んでいった。
邪魔をするというのなら、邪魔者は、すべて抹殺してやる。
そしてそれは、今のエリックにしてみれば、容易く実行できることだった。
長大な両手剣であるツヴァイハンダ―の形状をしている聖剣は、屋内では扱いづらい武器だった。
しかしエリックは、魔王・サウラと融合することで得た人間離れした膂力で力任せに聖剣を振るい、聖剣の刃で、あるいは自身の手で、敵兵たちを殺戮していった。
最初は、敵兵たちは熱心にエリックに向かって来た。
異質な姿とはいえ、エリックを倒すことができれば、その見返りは計り知れないほどに大きなものだったからだ。
だが、彼らはすぐに、ただただ、逃げまどうだけになって行った。
エリックが力任せに振るう聖剣は、建物の壁ごと、兵士たちを斬り裂いて行った。
そして、自分たちが装備している鎧も盾も剣も、エリックを前にしてはまったく無意味であると気づいた兵士たちは、恐慌状態におちいって、背中を見せ、あるいは、武器を捨てて逃げ出した。
だが、エリックは止まらなかった。
もはや戦う兵士ではなく、逃げまどうだけの人間を、背中から、エリックは力任せに斬り捨てて行った。
その姿は、もはや、勇者でもなく、魔王ですらなかった。
ただ、その憎しみの感情に任せて殺戮する、狂った戦士。
異形と化して理性を失い、手当たり次第に破壊をくりかえした、あの聖騎士たちと同じ、バケモノにしか見えないものだった。
やがて目につく範囲にいた敵兵を皆殺しにしてしまうと、ようやく、エリックは立ち止まった。
(エリックよ。
少し、落ち着け)
全身に返り血を浴びた凄惨な姿で荒い呼吸をくり返しているエリックの中で、魔王・サウラが、たしなめるような声で言う。
(汝の復讐心は、正当なものだ。
だが、自分自身を失うな。
それでは、ただのケダモノだ。
見よ。
汝のこと、恐れているぞ)
言われてエリックは初めて、自身のことを、リディアや老いた騎士が、恐れるような視線で見つめていることに気がついた。
「……ああ。
すまない、サウラ。
もっと、気をつける」
自分が戦っている理由は、もはや、復讐のためだけではないのだ。
そのことを思い出したエリックは、小さな声でそう謝罪していた。