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・第217話:「仇(かたき):1」

・第217話:「かたき:1」


 デューク伯爵の城館を注意深く観察していたエリックは、その一画で、リディアたちが戦っていることに気がついた。

 剣を手にしたリディアだけではなく、エリックたちが留守の間に守備隊の指揮を任せていた騎士や、その指揮下で戦っている兵士たちの姿もある。


 明らかに、追い詰められている。

 なぜなら、リディアたちが戦っている場所は、城館の最終防衛地点とされている場所だったからだ。


 そこは、天守キープと呼ばれる場所で、デューク伯爵やエリックたちが居館として使用していたものだった。

 天守キープは城の防御の中心となる場所であり、城主はそこから全体の指揮をとり、そして、最後の抵抗を試みる場所となっている。


 そこが攻撃されているということは、実質的に、この城は落城寸前である、ということだった。


 エリックは、自分自身の目を疑ってしまった。

 いくら竜たちから奇襲攻撃を受けたとはいえ、相応の守備兵力を残しておいたはずなのに、城が陥落しかかっている。


 守備隊の指揮官として残して来た騎士は、ガルヴィンほどではないものの、それなりに名の知られた優秀な騎士だった。

 魔王軍がサエウム・テラに侵攻していた時には兵を率いて出陣し、一定の戦果もあげているのだ。


 だから、その指揮が悪くて、こんなに追い詰められているということは考えにくかった。


 そしてエリックは、リディアたちを追い詰めている敵の正体をみつけて、思わず、聖剣を握る手に力をこめた。


 今、聖母の降下部隊と共に反乱軍の守備隊を追い詰めているのは、あの、ヘルマン神父だったからだ。


────────────────────────────────────────


「フハハハハッ!


 リディア!

 しょせん、聖剣のないお前など、その程度のものなのだっ!! 」


 ヘルマン神父は勝ち誇ったように哄笑しながら、リディアと、守備隊の指揮官である騎士のことを追い詰めていた。


「聖母様に背いたその罪、死をもってあがなうがいい!


 いや、ただ殺すだけでは、足らぬなァっ!?


 たっぷりとなぶってから、火あぶりにしてやるぞ! 」


 獰猛どうもうで嘲りと憎しみに満ちた笑みを浮かべながらヘルマンが鋭く振るった剣を、リディアは「くっ! 」とうめき声をらしながら、なんとか自身の剣で受け止めた。


 リディアだって、聖女なのだ。

 並の人間よりその身体能力は強化されているし、聖剣がなくとも、一流の戦士以上の戦いをすることができる。


 しかし、ヘルマンのくり出す斬撃は、人間が振るっているとはとても思えないほど、重いものだった。

 そして、少しでも集中力が乱れれば目で追えなくなるほどに、速い。


 その時、横合いから雄叫びをあげながら、守備隊指揮官の騎士がヘルマンに斬りかかって行った。


 彼は白髪の年老いた騎士だったが、その剣技は健在で、大きなラウンドシールドを左手に持ち、右手にロングソードを持つという、オーソドックスだが隙のない戦闘スタイルで、リディアと共にヘルマンと戦っている。


 しかし、さすがに、息切れしつつあるようだった。

 ヘルマンは騎士の攻撃にすぐに気づき、素早く身を引いてかわすと反撃に転じる。

 すると騎士は自身の盾でどうにか攻撃を防ぐだけで手いっぱいとなって、じりじりと押されていく。


 疲労で息があがり、ヘルマンの攻撃にもう身体がついていかないのだろう。

 リディアが再びヘルマンに斬りかかって行かなければ、そのまま討ち取られていたかもしれなかった。


「ぬぅぅぅ……。

 わしも、あと10年も若ければ、あ奴に、あれほど部下をやらせはしなかったものを……っ!! 」


 一度仕切り直しをするために距離をとり、余裕ぶった笑みでこちらのことを見下しているヘルマンに、騎士は汗をダラダラと流しながら、悔しそうに呟いた。


 リディアたち守備隊は、竜にほとんど対抗できなかったが、降下して来た敵歩兵との戦闘では引けを取ってはいなかった。

 相手は教会騎士団から選抜された精鋭たちで、中には異形のバケモノに変異した聖騎士もいたのだが、城館の構造を熟知している騎士に率いられた兵士たちは善戦し、十分に戦うことができていた。


 しかし、ヘルマンが前線に突入してきてから、状況は一変した。

 ヘルマンが示した圧倒的な戦闘力を前に無数の兵士たちが一方的に討ち取られて行き、騎士は止むを得ず、最後の防衛拠点である天守キープに後退することを選択せざるを得なかった。


 城下町を守備していた他の兵士たちとの連絡は途絶したままだったが、かえって、それでよかったのかもしれないと、リディアは内心でそう思っていた。

 兵士たちがどんなに勇敢に戦おうとも、ヘルマンを前にしては、余計な犠牲を増やすだけだと、そう思えたからだ。


 聖母の共犯者であるヘルマンは、元々、超人的な能力を有していることを、聖母に道具として生み出されたリディアも、当然知っていた。

 しかし、今目の前にいるヘルマンの力は、リディアが知っているものよりもずっと、強化されているようだった。


「ククク……。


 さァ、そろそろ、あきらめたらどうだね?

 リディア、それに、老いぼれ騎士!


 貴様らの力では、聖母様の加護を得ているこの俺には、敵わんゾ! 」


 ヘルマンはそう嘲笑うと、リディアたちに向かって剣の切っ先を向けて、無駄な抵抗をやめ、死を受け入れるように迫った。


 だが、リディアたちは、あきらめるわけにはいかなかった。

 リディアたちの背後には、大勢の負傷兵や、城館で働いていた使用人たち、非戦闘員がいるからだ。


(勝てる見込みなんて、ない……。


 けれど私は、もう、あきらめたりなんてしない! )


 空から雄叫びと共にエリックが突撃してきたのは、リディアがそう悲壮な覚悟を決め、再びヘルマンに向かって行こうとした時だった。


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