・第214話:「強襲」
・第214話:「強襲」
デューク伯爵の城館の上空は、竜たちによって支配されていた。
素早く、機敏に飛行する飛竜たちに、大柄でやや鈍重ながらも、その体内から高温の炎のブレスを吐き出す火竜。
今、エリックの目の前で1頭の火竜が低空へと降下し、その胸部を大きく膨らませて、炎を吐き出そうとしていた。
その目標は、城下町の一画に設けられていた防御塔だった。
その防御塔は、城下町の治安維持や、城外の様子探るために建築されたもので、石造りの頑丈な塔の上に、木製の櫓を積み上げるような形で作られている。
その防御塔には、すでに火がついていた。
周囲よりも高い構造物だから目立ち、まっさきに竜によって攻撃を受けたのに違いない。
本来であれば、見張りの兵士や弓兵がいるはずの最上部の見張り台は、勢いよく燃え盛り、今にも崩れ落ちて来そうだった。
そこで守りについていたはずの兵士たちは今、防御塔の基礎部分を兼ねる石造りの部分に避難している様子だった。
空を数多くの竜が支配しているような状況では、外に出て言った瞬間、竜の餌食にされてしまう。
だから兵士たちは、その場から動けない様子だった。
そしてそこには、城下町に住んでいた人々も避難しているようだった。
突然竜が襲ってきたためにとにかく逃げ込めるところに逃げ込んだのだろう、石造りの頑丈そうに見える塔に作られた狭間から、不安そうに空を見上げる人々の顔が一瞬だけ見えた。
火竜は、低く飛んでいた。
最初は上の部分を焼き払うだけだったが、今度は近づいて、確実に防御塔を焼き払うつもりであるようだった。
塔は石造りだから、きっと、塔そのものが燃えるようなことはないだろう。
だが、その中身は、別だ。
火竜が放つブレスは、塔に作られたわずかなすき間からその内部へと入り込み、その高温によって塔を内部から焼くだろう。
たとえそれを防ぐことができたとしても、火竜がそのブレスによって塔をあぶり続ければ、中に避難している人々は蒸し焼きにされてしまう。
勢いよく風を切って突進しながら、エリックは強い怒りを覚えていた。
(なぜ、無関係な人たちも巻き込む!? )
エリックにも見えているのだから、きっと、竜をあやつって飛んでいる竜騎士たちにも、その防御塔に民間人が避難していることはわかっているだろう。
だがそれとわかっていて、あえて攻撃しようとしているのだ。
きっと聖母から、そうせよと命じられているのだろう。
聖母の支配に反抗し、反乱軍として立ち上がった人々を見せしめとして殺戮し、エリックたちのように聖母に逆らおうとする者たちを恫喝しようとしているのに違いない。
そうやって、自分に都合の悪い存在はムシケラのように抹殺してきたのが、聖母なのだ。
(絶対に、そんなことはさせないっ! )
そしてエリックは、そんな聖母による陰惨な支配を終わらせるために戦うと決めたのだ。
聖剣を振り上げたエリックは、ブレスを吐き出すことに集中していてエリックが突進してきていることにまだ気づいていない火竜に向かって、雄叫びと共に振り下ろした。
エリックの叫び声でようやくその存在に気づいた竜騎士が、驚いたような表情でエリックの方を振り返った。
しかし、気づいたのが遅すぎだった。
エリックが振り下ろした聖剣は、今、まさに炎のブレスを吐き出そうとしていた火竜の首を、その鱗の上から切断した。
並の剣ではまったく歯が立たないほど頑強な竜の鱗も、厚い皮膚と筋肉の層も、太く頑丈な骨も、まるで布切れでも切り裂いているような手ごたえで両断された。
切り口から鮮血が吹き出した直後、今、まさに火竜が吐き出そうとしていたブレスが、無秩序に噴出する。
そして制御を失った火竜の遺体はそのまま、炎に包まれた竜騎士と共に地面へと激突し、石畳の道路の上をゴロゴロと転がって、突き当りの建物にぶつかって停止した。
再び高度を取るために翼をはためかせながら、防御塔に避難していた人々が無事であったことと、絶命した飛竜が墜落したことによって他に傷ついた者がいなかったことを確認したエリックは、ほっと安心していた。
できることなら、誰にも犠牲を出すことなく、戦いたいのだ。
だが、まだ1頭を倒しただけで、竜たちは数多くいる。
そのすべてを倒しきるか、追い払わなければ、犠牲者は増え続けるばかりだった。
エリックが別の方向へ視線を向けると、エリックが守ることができた防御塔とは別の防御塔が、至近距離からの火竜のブレスを受けて燃え上がっているのが見えた。
そして、その防御塔の扉から、炎に包まれた兵士や民間人たちが、もだえ苦しみながら飛び出してくる様子も、エリックの目にはっきりと映っていた。
エリックは、悔しさで聖剣の柄をきつく握りしめていた。
みんなを、救いたい。
聖母による支配を終わらせ、もう、誰も傷つけられることのない世界を作りたい。
そう願っているのに、エリックの目の前で、人々は犠牲となり続けている。
(エリック、注意せよ。
3頭、来るぞ)
そんなエリックの心の中から、サウラがそう言って警告してくる。
サウラの意識から伝えられた方向を見ると、エリックに向かって、3頭の飛竜が向かってきていた。
どうやらエリックの強襲に気づき、竜たちはその攻撃の矛先を、エリックへと集中させ始めているようだった。
(全部、オレの方に来い!
オレが、全部倒して、そして、みんなを守る! )
エリックは、自分に向かって来る竜たちの姿に強い威圧感を覚えながら、それをむしろ好都合だと自分に言い聞かせ、竜たちを迎えうつために向かって行った。