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・第213話:「飛行」

・第213話:「飛行」


 エリックが空を飛ぶのは、これで2回目だ。

 1回目は無我夢中で、異形のバケモノと化した聖騎士や、魔法学院の上空にいた竜騎士たちと戦っていたから、空を飛んでいるのだということを実感する余裕もなかった。


 エリックの耳元を、ゴウゴウと音を立てて空気が流れていく。

 背中の翼が羽ばたくたびにエリックの身体は加速し、前から後ろへと、景色が流れ去っていく。


(なんだか、不思議な感覚だ)


 エリックは、これが空を飛ぶことかと思いながら、同時に、違和感も覚えていた。

 なぜなら、エリックは自分自身の意志によって飛行してはいるが、背中の翼を動かしているのはエリックではないからだ。


 魔王・サウラが翼をあやつり、エリックを飛行させている。

 自分がなにかしているわけではないのに、勝手に空を飛んでいくというのは、エリックにとってはなんだか奇妙なことだった。


(汝ら人間には、元々、翼はないゆえにな。

 いずれ、汝も使いこなせるようになろうが、今は、そうする時間もない。


 安心せよ。

 必ず、この我が、汝を、汝の望む場所に向かわせる)

(ああ。

 信じているさ)


 人間は空を飛ばない生き物だ。

 だから翼を持ったところで、その上手な扱い方など知っているはずもないし、一からそれを学んでいるような時間は、エリックたちにはない。

 だからエリックは、サウラを信じ、すべてを委ねて飛行を続けた。


 眼下を高速で流れ去っていく景色を見ながら、エリックは、もっと早く、この力を手にできていたらと、そう思わずにはいられなかった。

 魔王という存在を受け入れ、せめて、この飛行能力だけでも得ていたら、エリックはきっと、デューク伯爵を救うことができたはずなのだ。


(忘れるな、エリックよ)


 そんなエリックに、サウラが忠告する。


(汝が我を受け入れたから、今のこの姿がある。

 しかし、汝にかけられし黒魔術が消え去ったわけではないのだ。


 今も、黒魔術は汝の身体を、我のものへと作り変えている。

 こうして力を使い、変異するたびに、汝は人ではなくなっていくのだ。


 そして、最後には、我に[食らいつくされる]であろう。


 それだけではなく、本来意図されていなかった状況に置かれ、汝に施された黒魔術は不安定になりつつある。

 安易に力を使い続ければ、なにがおこるのか、我にもわからぬのだ。


 そのことを、忘れるな)

(ああ、わかっている)


 つまり、エリックが手にしたこの新しい力は、使用できる回数が決まっている、ということだった。

 それがいったいどれほどの数なのかは、エリックにはもちろん、サウラにさえ分からないが、エリックの力は大きな代償をともなうものだということだけは、確かだ。


(聖母を倒して、エミリアや、この世界のみんなを救う。


 それまで、もってくれればいいさ)


 エリックは、すでにそう覚悟を決めていた。


 聖母たちにだまされ、利用され、捨てられて。

 エリックの人生は散々なものにされ、今まで生きてきたことはすべて無駄なことだったのかと、そう絶望することもあった。


 だが、これまでのすべてが、この世界を歪んだ形で支配し続けてきた聖母の支配を終わらせるためにあるのだと考えれば、エリックはすべてを納得して受け入れることができた。


 聖母を倒し、復讐ふくしゅうを果たすのと同時に、この世界を救う。

 それは、エリックの魂を復讐ふくしゅうという身を焦がす炎から解放するのと同時に、聖母の支配によって利用されて来た人類や、虐げられてきた魔物や亜人種たちに、希望をもたらすことに他ならない。


 そのためになら、自分の命をかけることは、エリックにとって納得できることだった。


 迷うような気持がないわけではなかった。

 デューク伯爵、エリックの父親は、その最期の瞬間に、エリックに[幸せになることをあきらめるな]と、そう言ったのだ。


 復讐ふくしゅうのために。

 世界を救うために。


 その身を、その命のすべてを捧げ、消滅することではなく、その先の未来をつかむことを考えて欲しい。

 それが、デューク伯爵の最期の言葉だった。


 その記憶は、エリックの心に束の間の安らぎを与えてくれる。


 自分は、ここにいてもいいのだ。

 デューク伯爵のかたわらには、確実に、そう思うことのできる、エリックにとっての居場所があったからだ。


それがどれほど幸福なことなのかは、聖母たちによって信じていたすべてを破壊されたエリックには、身に染みてわかるような気がするのだ。


 だが、今のエリックにとっては、聖母への復讐ふくしゅう、そして、世界を救うことこそが、すべてだった。

 そのためになら、自分という存在を消費しつくしてもかまわないと、そう思えるほどに。


 やがて、竜騎士たちの攻撃を受けている、デューク伯爵の城館の姿が見えて来る。


デューク伯爵の城館と城下町からは、幾筋もの黒煙が立ち上っていた。

 上空を舞う火竜たちは降下してはブレスで攻撃を加え、我が物顔で飛び回っている。


「くっ……、サウラ! 」


 故郷が攻撃されている光景を目にしたエリックは、表情を憎しみに歪めると、声に出してサウラに呼びかけた。


 すると、サウラはひときわ力強く翼を羽ばたかせる。

 空気を翼で蹴ったエリックは、グン、と加速すると、今まさに、ブレスによる攻撃を加えようとしている火竜に向かって、聖剣を手に襲いかかって行った。


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