・第212話:「1人で行く:2」
・第212話:「1人で行く:2」
デューク伯爵の城館の救援には、エリック1人で向かう。
それは、エリックなりに考えた結論だった。
今の反乱軍は、教会騎士団を壊滅させる大勝利を得た後であって、その戦意は最高潮に達している。
だから、「竜が相手だろうと戦って見せる」と強がることができるのだが、竜に対抗できる手段は限られ、実際に竜と戦えば大きな犠牲が出ることになってしまう。
だからエリックは、自分1人だけで城を救いに行くことに決めた。
勇者と魔王、相反するはずの2つの存在を融合させた存在であるエリックだけであれば、竜を相手に空中戦を戦うだけの力があり、また、誰よりも早く城館の救援に駆けつけることができる。
そもそも、聖母たちにとって一番の狙いは、エリックであるはずだった。
なぜなら、これからどんなに反乱軍が拡大していったとしても、結局、聖母を倒すだけの力を有しているのは、勇者であり魔王である、エリックただ1人だけだからだ。
そのエリックが、しかもただ1人だけで姿をあらわせば、奇襲をしかけてきた竜騎士たちは競ってエリックを攻撃するだろう。
そうすれば、地上では竜の攻撃を恐れず、反乱軍が反撃できるようになるはずで、降下して来た歩兵部隊が少数であるのなら、城に残して来た反乱軍の守備隊だけで十分に撃退することが可能なはずだった。
「若様、おやめくだされ!
いくらなんでも、それは無謀すぎますぞ! 」
「そうだ!
いくら、勇者と魔王様の力を持つ貴殿だろうと、100頭もの竜を相手に戦うなど、危険過ぎる! 」
しかし、エリックの言葉に、ガルヴィンもケヴィンも口々に反対した。
今のエリックがどれほど強くとも、相手は竜だ。
1体か数体を相手にするくらいならエリックの力で勝つことは簡単にできるはずだったが、1度に100頭もの相手をするとなると、その危険は無視できないものとなる。
「オレ1人で行く、っていうのは、まずはオレが真っ先に向かう、っていう意味だ。
オレなら、誰よりも早く救援に駆けつけることができる。
他のみんなは、後ろから、追いかけて来て欲しい」
ガルヴィンもケヴィンも、反対するだろう。
そう予想していたエリックは、2人を安心させるようにそう言葉を続けた。
「まずは、魔術師たちと、その護衛の騎兵で、駆けつけて欲しい。
そうして援護してくれれば、オレは、城の守備隊とも協力して、残りのみんなが駆けつけてくるまで、必ず持ちこたえて見せる。
魔術師と騎兵以外のみんなは、ここで、なにか使えるものがないかを探して欲しい。
教会騎士団は、移動式の[竜殺し]を運んできていたはずだ。
ほとんど壊してしまったと思うが、使えるものがまだ残っているかもしれない。
それを、後から運んできて、まだ戦いが続いている様子だったら、援護して欲しい。
幸い、こちらには、腕のいい職人が多いドワーフや、力の強い魔物たちもいる。
きっと、使える[竜殺し]を見つけて、修理して、馬よりも早く運んでこられるはずだ。
そうして一緒に戦ってくれれば、今度もきっと、オレたちは勝てる! 」
反乱軍の兵士たちに、必要以上に犠牲を出したくない。
その本心を隠しながら、エリックはいかに自分の考えに合理性があり、そうしてくれる方が戦いは有利になるのだということを力説した。
「若様……」
「……」
そのエリックの説得の言葉に、ガルヴィンは言葉を喉に詰まらせ、ケヴィンは憮然とした顔で押し黙った。
おそらく、エリックの言葉に納得したわけではないだろう。
2人は、そのエリックの主張の裏に、犠牲を少なくしたいという思いがあることに気づいているのだ。
ガルヴィンもケヴィンも、優秀な指揮官だった。
だから、冷静に考えれば、今の反乱軍が竜とまともに戦えない状態であることは、十分に理解できるはずだった。
そして、無理に戦えば、大きな犠牲が生まれるということも。
エリック1人が真っ先に救援に向かう。
そうすることが反乱軍の兵士たちの犠牲を抑える最善の手であることも、2人はわかったはずだ。
だからこそ、それ以上反論することができなかったのだろう。
「なら、ケヴィン殿は、魔術師と騎兵を連れて、オレの後に急いで駆けつけてくれ。
ガルヴィンは、ここに残る部隊を指揮して、そのさらに後から、救援して欲しい。
オレは、今からすぐに、城に向かう」
ガルヴィンとケヴィンが、葛藤しつつもエリックの意見を受け入れてくれたことを理解すると、エリックはそう指示を出し、数歩、距離を取った。
そして周囲に十分な空間がある場所に行くと、自身の内側に存在している魔王・サウラに語りかける。
(サウラ。
また、力を貸してくれるか? )
(……承知した)
エリックの呼びかけに、短い沈黙ののち、サウラは答えた。
それと同時に、エリックの身体は、変異した。
体組織が作り変えられ、筋骨が盛り上がり、甲虫の外殻のような外皮で全身が覆われ、背中に翼が生まれる。
その姿を目にした反乱軍の兵士たちから、どよめきの声があがった。
彼らはエリックが勇者と魔王の2つの力を持っているということはすでに知っていたが、その力をエリックが使うところを、まだ実際に目にしたことがない者がほとんどだったからだ。
それは、異質な、不気味な存在に思えたことだろう。
勇者と魔王、相いれることのないはずの2つの力が融合したその姿は、人々が思い描くような[正義のヒーロー]とはかけ離れた、[邪悪な存在]にも見えたからだ。
だが、本当に邪悪なのは、表面は美しく壮麗に飾り立てた、聖母たちなのだ。
その聖母を倒すのは、やはり、エリックのような存在なのかもしれない。
エリックの変異した姿に驚くのと同時に、そんな予感を抱いた反乱軍の人々は、固唾を飲んでエリックのことを見守った。
(行こう、サウラ)
エリックはその人々からの視線を感じながら、内心でサウラにそう呼びかけると、ぐっと身体をたわめ、そして、力強く大地を蹴って、飛翔した。