・第210話:「急報」
・第210話:「急報」
重大なことが起こった。
それは、報告のために必死に馬を駆けさせてくる伝令の兵士の姿から、容易に想像することができた。
その兵士は、反乱軍がデューク伯爵の城館を防衛するために残して来た者の1人で、防衛指揮官として残して来た騎士の従者を務めている人物だった。
身分は高くはないものの、剣術と馬術を得意とし、その人柄を知る者たちからは強く信頼されている。
その兵士は、傷を負っていた。
遠目に見えるだけでも、その背中には矢が3本は刺さっている。
そして近づいてくると、その傷がより深いものであるようだった。
身に着けている鎧には焼けこげたような跡があり、その肩には、巨大な生物の鉤爪で引っかかれたような傷があった。
エリックたち反乱軍は、ついさっき得た大勝利に湧き、口々に歓声をあげていた。
しかし、その満身創痍の伝令の兵士が駆けて来ることに気づくと、誰もが口をつぐみ、押し黙る。
自然と道をあけた反乱軍の兵士たちの間を、伝令は「エリック様、ガルヴィン様ッ! 」と、絞り出すような声で叫びながら駆け抜けていく。
エリックとガルヴィンは互いに顔を見合わせると、急いで、自分たちの方から伝令の兵士を迎えるために駆けて行った。
それに、ケヴィンやラガルトなどの幹部や、クラリッサやセリスなど、特に親しい仲間たちが続く。
伝令の兵士はエリックとガルヴィンの姿を見つけると、馬を止め、よろよろとした足取りで馬から降りた。
そして、脚にも傷を負っているのか、脚を引きずるようにしながらエリックたちの近くにまでやってくると、ドサリ、と膝を折るようにひざまずいた。
「ご報告、申し上げますッ! 」
そして伝令の兵士は、息も絶え絶えに、振り絞るような声で言った。
「城に……っ、城に、敵が!
竜たちが、攻撃をしかけてきております! 」
「竜が、攻撃をっ!? 」
その伝令からの報告に、エリックは、愕然としていた。
伝令が傷の痛みに耐えながらなんとか絞り出すように報告したことをまとめると、突然、空から竜騎士たちが飛来し、デューク伯爵の城館に対して攻撃を加えたのだという。
その数は、およそ、100頭以上。
竜騎士によってあやつられた飛竜と、火竜。
それらによってデューク伯爵の城館の上空は完全に制圧され、竜たちは我が物顔で飛び回っているということだった。
そして、襲って来た竜たちは、竜騎士だけではなく、さほど数は多くないものの、重装備の歩兵も乗せてきていた、ということだった。
その正確な数は明らかではないものの、その総数は数百もおり、降下して来た竜の背中から降りたそれらの歩兵たちによって、デューク伯爵の城館と城下町は攻撃を受けているということだった。
籠城の備えは万全に整えてあったものの、何の前触れもなしに竜が奇襲をしかけて来るとは思っておらず、しかも、それが100頭以上にもなる大軍であったので、反乱軍の守備隊は苦戦を強いられていた。
遮蔽物のないところに出れば竜の餌食となるだけなので、城館と、城下町を守る櫓や武器庫などの重要な防衛拠点に守備隊は分散して防戦に努めているが、降下して来た重装備の歩兵部隊に押されて、防衛拠点は次々と陥落しているということだった。
このままでは、長くはもたない。
守備隊の指揮官を務めていた騎士はそう判断し、急ぎ、エリックたちに知らせるために、特に馬術の巧みな者の中から10名を選び、伝令として向かわせた。
そして、たどり着いたのが、この満身創痍の、ただ1人だけだった。
「他の、者は……っ!
他の者は、私を突破させるために、囮となって、竜に……!
竜に、殺されましたッ! 」
唯一の生き残りとなった伝令の兵士は、そう涙ながらに報告すると、力尽きたようにその場にうずくまった。
慌ててエリックたちが駆けより、確認すると、伝令はどうやら死んでしまったわけではなかった。
ここまでたどり着いて報告をすませたという安心感と、傷による消耗、そして疲労からか、気を失ってしまっただけのようだった。
だが、安心はできない。
伝令に突き刺さっている矢は実際には3本ではなく5本もあったし、出血も相当してきているようで、このままでは力尽きてしまうのも時間の問題だった。
「クラリッサ、急いで、見てやってくれないか!? 」
「わかった。
できるだけやってみる」
エリックが振り返ると、クラリッサは真剣な表情でうなずいてみせ、負傷兵の手当ての知識のある他の魔術師たちも呼んで、伝令の傷の手当てを開始する。
これで、伝令の命はきっと助かる。
問題なのは、目下、竜たちによって攻撃を受けているという、デューク伯爵の城館だった。
もし、そこを失うことになれば、エリックたちはせっかく獲得した解放区を失う。
根拠地のない、放浪者たちに戻ってしまう。
それは、聖母を倒す戦いを続けるうえで、大きな後退だった。
エリックたち反乱軍の敗北であるだけではなく、その勢力を大きく失うことになる。
そしてなにより、エリックは再び、故郷を奪われることになる。
それどころか、今度は聖母たちはエリックに対する報復と、人々に対する見せしめとして、[聖母に逆らった者は、こうなるのだ]と、エリックの故郷を徹底的に破壊するかもしれなかった。
エリックは、思わず、自身の故郷がある方角の空を見上げていた。
さすがに竜の姿は見えなかったが、エリックには、竜たちに襲われ、破壊されていく故郷の姿が、容易に想像することができる。
エリックは、険しい表情で自身の拳を握りしめ、悔しさと無力感に耐えながら、奥歯を噛みしめていた。