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・第209話:「束の間の勝利」

・第209話:「束の間の勝利」


 戦いは、エリックたち反乱軍の完勝だった。


 聖母に逆らう反乱軍を、強力な一撃で一挙に叩き潰す。

 そのために送り込まれて来た10000名の教会騎士団は、実に、その9割近くの戦力を失って、無様に逃走した。


 それと比較して、エリックたち反乱軍の損害は、軽微なものでしかなかった。

 数名が急斜面を駆け下る時に転んで負傷したほか、教会騎士たちとの戦闘で死傷者も出ていたものの、その数は10名を超える程度で、すべての死傷者を合計しても20名にも満たない損害しか受けていない。


 これだけの、大勝利。

 それは、反乱軍に大きな喜びと、[自分たちは、聖母と戦えるのだ]という自信をもたらしたようだった。


「やったじゃない、エリック!

 これだけの大勝利、エルフの私だって、経験したことがない」

「いや、驚いたね!

 ガルヴィンさんの名前は知っていたけど、強いだけじゃないんだねェ」


 斜面の上からエリックのことを弓と魔法で援護していたセリスとクラリッサが、嬉しそうに斜面を降りて来てそう言った。


「ああ。本当に、すごい勝利だ。

 なにもかも、ガルヴィンのおかげだ」


嬉しそうに微笑んでそう答えたエリックは、その視線を、ガルヴィンの方へと向けた。


 そこには、たくましい軍馬にまたがった、威風堂々(いふうどうどう)としたガルヴィンの姿があった。


 その全身は、生々しい、教会騎士たちの鮮血で彩られている。

 しかし、全身を鈍色に輝く甲冑に身を包んでいるガルヴィンのその姿は、戦いの残酷さよりも、勝利の栄光と騎士の誇りに輝いているように見えた。


 ガルヴィンは、反乱軍の兵士たちから口々に賞賛の言葉を浴びせられながら、ゆっくりと馬を進ませてエリックの方へと向かって来る。

 そんな彼のために兵士たちは進んで道をあけ、そして、人間も魔物も亜人種たちも関係なく、最大限の敬意を示した。


「ガルヴィンドノ!

 キデンノ、イクサ、タイシタモノダ! 」


 ガルヴィンと同じように教会騎士たちの返り血でぬれたラガルトがそう言うと、ガルヴィンは彼の前で馬を止め、馬から降りると面頬をあげて、その髭面でニンマリと笑った。


「なぁに、備えあれば憂いなし、と昔から申しますからな!


 デューク伯爵とどのような備えをしておくか、いろいろと決めてあったのですよ! 」


 そのガルヴィンの言葉を聞いて、ピクリ、とエリックの指が動いた。


(そうか、父上が……)


 今は亡き、デューク伯爵。

 温厚で誠実な人で、戦いとは無縁のようにも思われたが、優れた騎士であるガルヴィンを迎え入れていたように、統治者として領民を守るために、しっかりと準備を整えておいてくれたのだ。


 その、父親の思慮によって、エリックは今も守られ、救われた。

 そのことの感謝を、デューク伯爵に直接伝えることのできないという事実が、チクり、と、エリックの心を痛ませた。


 そんなエリックの目の前で、ガルヴィンは自ら前に進み出ると、ラガルトの手を両手で包み込んで握手しながら、愛嬌あいきょうのあるウインクをして見せる。


「実を申しますとの、この峠で待ち伏せするという作戦は、あなたたち魔王軍を迎えうつために用意したものだったんじゃ。


 しかし、あなたたちに使うことがなくて、本当に、良かった!

 我々はこうして、力を合わせて戦うことのできる、わかり合うことのできる間なんじゃ!


 聖母のウソにだまされたまま傷つけあうのではなく、こうして戦友として戦えること、このガルヴィン、光栄に思う! 」


 その言葉は、半分はガルヴィンの本心に違いなかったが、もう半分は、演出だった。

 この勝利を機に、人間と魔物と亜人種たちとの団結をより強固なものとするべく、わざとアピールしているのだ。


「イヤ、マッタクダ。


 キデンノヨウナ、スグレタセンシト、トモニ、タタカエテ、ワシモウレシイ」


 ラガルトもそのガルヴィンの配慮に気づいている様子で、不自然にならない範囲で、できるだけ多くの者に聞こえるような声でそう言うと、ガルヴィンの手を握り返した。


(オレも、こういうことをできるようにならなくちゃいけないんだよな……)


 その2人の演出を見ながら、エリックは感心するのと同時に、頭の痛いような思いだった。

 反乱軍のリーダーであるエリックこそ、こういった演出をできるようにならなければいけないはずなのだが、そういった[演技]をすることには、少し抵抗感のようなものがある。

 必要なこととはいえ、人々をだましているような気持がするのだ。


 だが、エリックは懸命けんめいに、今、自分がなにをすればいいのかを考えた。

 そしてその時、ラガルトと同じようにガルヴィンのことを歓迎するように出迎えているケヴィンの姿に気がついた。


 ここで、ガルヴィンと共に、ケヴィンたちのことも称賛する。

 そうすれば、人間と魔物と亜人種たちはより互いを認め合うようになり、その間にある距離が縮まっていくのではないか。

 そんなふうに思ったのだ。


(やってみるが良い。

 それが、人々の上に立つということでもあるのだ)


 そのエリックの考えを、そっと、魔王・サウラが後押しする。


 よし、と思ったエリックは、馬から降りて1歩前に進み出ようとしたが、しかし、その不慣れなエリックなりの演出は、実行されなかった。


 エリックたちの、背後。

 デューク伯爵の城館がある方向から伝令が大急ぎで馬を走らせてきて、突然あらわれた敵によって、デューク伯爵の城館が攻撃を受けているという知らせが入ったからだった。


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