・第21話:「その後の始まり:2」
・第21話:「その後の始まり:2」
信じていた仲間に裏切られ、背後から刺され、谷底へ捨てられて。
そして、自分の魂は施された黒魔術によって徐々に浸食され、やがて完全に消滅し、魔王・サウラがエリックの身体を使用して復活を遂げる。
それが、長くて苦しい旅の果てに、エリックが得た結果だった。
なぜ、こんなことになってしまった?
そんな疑問がエリックの頭の中を支配する。
エリックは、勇者として聖母に選ばれた時、誇らしい気持ちだった。
それは大きなプレッシャーでもあったのだが、世界を救うという役割を与えられ、そしてそれを果たすことができるのは自分だけだという事実は、エリックにとって大きな誇りだった。
自分が、勇者。
人々に救世主として期待される存在。
そう自覚したエリックは、自ら[勇者らしく]あろうとした。
高潔で、公明正大な態度を人々に見せ続けた。
誰の言葉でも聞き、真摯に向き合う謙虚さを持ち続けた。
そしてエリックは、一時たりとも魔王と戦うための努力を怠らなかった。
勇者であること。
それこそが、エリックがこの世界に生まれてきた、意味。
運命なのだと、そう思っていた。
だからこそ、あらゆるものをエリックは捨ててきたのだ。
あれが欲しい、これをやりたいといった欲を捨て、自分は勇者なのだから誰よりも尊敬され皆が無条件で従うべきだといった傲慢さを捨て、どんなに身体が辛くとも、手のマメがつぶれて血まみれになろうとも、聖剣を振るうための努力を続け、そして、戦い続けてきた。
すべては、勇者であるために。
聖母からの、人々からの期待に応えるために。
そうして、自分のなにもかもを犠牲とした先には、エリックがこれまで捨ててきたもののすべてが手に入るのだと、そう信じてきた。
勇者としての使命を果たしたエリックは、その責任を果たしたのちには解放され、自分のやりたいことを見つけて、そのためだけに生きていくことができるのだと、そうエリックは信じ切っていた。
凄惨な戦いの果てに、そんな、穏やかな時間が約束されているのだと、そう思って来た。
だが、現実は、違った。
エリックは勇者としての役目を果たした瞬間に[もう用済み]とばかりに捨てられた。
それどころか、黒魔術によって魔王の魂を自身の体内に宿し、徐々に浸食され、乗っ取られようとしている。
エリックがこれまで我慢し、努力し続けてきたことがすべて、無駄になろうとしている。
いったい、どうしてなのだろう?
そもそも、こんなことがあっていいのだろうか?
どんなに考え、この現実を否定しようとしても、できなかった。
絶望。
エリックに残されたのは、それだけだった。
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長い間、エリックは、絶望に耐えていた。
少しでも希望を見いだせないかと、何度も、何度も思考を巡らせながら、こんなことはあり得ない、だって、自分はこれまで必死に努力して、なにもかも我慢してきたのだからと言い聞かせた。
だが、すべては無駄だった。
エリックの内側に、魔王・サウラがいるからだ。
(さぞ、つらかろう? ……さぁ、もう苦しむのをやめるがいい。そこの岩にでも頭を叩きつければ、すぐにでもすべての苦しみから、絶望から解放される)
サウラは、エリックの心に直接、甘くささやきかける。
頭を叩きつければ、エリックは、死ぬ。
死ねば、サウラは復活してしまうが、すべてを終わらせることができる。
この絶望を、終わらせることができる。
自分がやってきたこと、我慢し、耐えてきたことがすべて無駄で、信じていた仲間に裏切られたことも、捨てられたことも。
エリックが抱いて来た希望などどこにもなかったという現実を、終わらせることができる。
それは、飛びつきたくなるような誘惑だった。
「嫌だ! 」
だが、エリックは、自身の頭を岩に叩きつける代わりに、叫んだ。
「いやだ! イヤだ! 嫌だ! 誰が、お前の言う通りなんかに! ……お前なんか、オレの中から、消し去ってやる! 」
(ほぅ? ……勇者よ。汝に、そんなことをする力があるとでも? )
エリックの叫びに、サウラは余裕たっぷり、実に愉快そうだった。
(仲間に裏切られ、捨てられ、ボロボロで、我に少しずつ[食われて]いく、哀れな存在である汝に、いったいなにができる? )
なにも、できない。
それは、エリックが一番、よく知っている。
エリックは衰弱していた。
黒魔術によって無理やり蘇らされたものの、その傷は残り、体力は衰え、魔力も尽きていて、簡単で基礎的な魔法でさえ使えない。
そもそも、黒魔術は人間には未知の魔術であり、どんな対処をすれば魔王の魂をエリックの内側から消せるのかも、わからない。
だが、エリックは、立ち上がって歩き出す、[意味]を見つけていた。
「お前の言うとおり、オレには、お前を消す力もないし、消す方法も、わからない。……だが、聖母様なら、きっと! 」
エリックを勇者として見出し、その使命を、生きる意義を与えてくれた存在。
聖母であれば、きっと、エリックを救ってくれるはずだった。
それに、エリックは、知りたかった。
自分が仲間に裏切られ、背後から刺され、捨てられた理由を。
そして、裏切り者をすべて見つけ出し、復讐せねば、気が済まない。
エリックを絶望の底へと突き落とした者たちに、自分と同じか、それ以上の絶望を味あわせるまでは、終わることはできない。
今、エリックを突き動かしているのは、わずかな希望と、強い怒り、そして、底知れない憎しみだった。
そこには、かつての勇者の姿はなかった。
あの、高潔で、誰からも好かれ、尊敬される英雄の姿はなかった。
あるのは、ただ、復讐のために突き動かされている、怨念が形となったかのような存在だった。
(……愚かなことよ)
よろよろとした足取りで立ち上がり、新たな1歩を踏み出したエリックの中で、魔王・サウラは、呆れたような、愉しんでいるような声でそう呟いた。
こうして、勇者の[その後]が始まった。