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・第206話:「待ち伏せ:2」

・第206話:「待ち伏せ:2」


 峠を越える道は、河川の浸食によって削り取られた深い谷を見おろす崖の上に、地形に沿うような形で作られていた。

 かつてそこは聖都とデューク伯爵の領地を結ぶ重要な街道だったが、聖母の命令による大工事でサエウム・テラ中に広がる運河網が構築されてからは、急いでいる者以外はほとんど通らなくなった、今となってはさびれた雰囲気さえある道だ。


 一応、馬車が通過できるだけの広さは確保され、砂利によって簡易的な舗装ほそうもされている。

 しかし、人工物の使用は最小限にとどめられ、自然の地形に沿って作られた昔からの姿をとどめているその街道は細く、曲がりくねっていた。


 その街道を、教会騎士団は細長く隊列を引き延ばしながら、登ってきている。

 断崖の上に切り開かれた道に、無数の軍靴の足音が響き、教会騎士たちがかかげる聖母の紋章が描かれた軍旗が、聖母の威光を喧伝けんでんするかのようにいくつもひるがえっていた。


 さすがに、聖都を防衛するために残されていた精鋭たちだった。

 その装備は充実していて、身に着けている武具は上質なものばかりであり、陽光を反射してキラキラと輝くほどに磨き上げられている。

 それだけではなく、峠道を進んで来る教会騎士たちの隊列は整然とした一糸の乱れもないものであり、その統制の強さがうかがい知れた。


 教会騎士たちは、城攻めのためなのか、それとも、エリックを討ち取るためなのか、兵士1人だけでは扱えないような大型の兵器まで持ち込んできているようだった。

 教会騎士たちの隊列の中には、馬に引かれた大型の石弓がいくつもあり、ガラガラと車輪を回転させながら坂道を登ってきている。


 それは、人間社会の間で、[竜殺し]と呼ばれているものだった。


 攻城兵器としては、槍ほどの大きさのある矢を発射することのできる[バリスタ]と呼ばれるものがあるが、[竜殺し]はそれをやや小型化する代わりに、仰角をつけて発射できるようにし、砲座を回転させて同じ場所から様々な方向に射撃できるようにしたもので、飛行する竜を狙って対空射撃をすることができるように作られたものだ。

 その機構の複雑さと重量、そして高価さから、通常は城などの重要な軍事拠点を防衛するために固定して配置されるものだったが、魔王の力を得たエリックに対抗するために持ち込んできたようだった。


 エリックたちにとって幸いだったのは、上空に、竜の姿がないことだった。

 今のエリックであれば、魔王の翼を使って飛行し、竜騎士によって制御された飛竜や火竜と戦うこともできるものの、空を縦横に飛び回る強靭な竜たちは、いないならそれに越したことはない。


(どうして、竜がいないんだ? )


 竜がいないというのはエリックたちにとって有利に働くはずだったが、木々の間に隠れながら教会騎士たちが向かって来る様子をうかがっていたエリックは、違和感を覚えていた。


 なにしろ、聖母は、エリックたちが勢力を拡大する前に一気に叩き潰してしまおうと、教会騎士団を全力で投入してきているはずなのだ。

 いくら希少な存在だとはいえ、空からエリックたちを攻撃することのできる強力な存在である竜を投入して来ないのは、全力でエリックたちを叩き潰す、という考えからすれば、おかしなことだった。


 だがエリックは、今はとにかく、竜がいないことは僥倖ぎょうこうなのだと、そう思うことにした。


 なにしろ、エリックと共に身を隠し、教会騎士団を待ち伏せしている反乱軍の兵士たちの表情は、みな、緊張して険しいものなのだ。

 ガルヴィンの作戦通りに準備を整えてあるとはいえ、これから10倍もの敵を相手に戦うとなると、それだけで、兵士たちは不安を覚えずにはいられない。


 その上、もし、上空に竜たちが舞っていたとしたら。

 いくら精鋭を選んでいるとはいえ、足がすくんで戦えない者たちも出てきてしまうかもしれなかった。


 残党軍は誰もが竜のおそろしさを知っているし、人間の兵士たちも、竜と直接戦った経験を持つ者は少ないが、その強大さはよく知っている。

 その竜と戦え、と言われたら、怖いと思わない者はほんの一握りしかいないに違いない。

 その竜がいない、ということは、間違いなく、エリックたちにとって有利に働くはずだった。


 エリックたち反乱軍は、重苦しい沈黙を保ちながら、じっと、攻撃開始の合図を待っている。


 エリックたちは、ここで勝てなければ、もう、後がない。

 たとえ聖都を失うことになっても、その気になればどこにでも逃げることができる聖母たちと違って、エリックたちは今持っている解放区以外に逃げられる場所などどこにもないのだ。


 エリックは、息苦しさを覚えていた。


 今のエリックは反乱軍のリーダーであって、そこに加わっている人たちを導かなければならない立場にいる。

 その重さを考えると、エリックは、自身の身体が震えてくるのを抑えることができなかった。


 多くの人々の運命を背負う。

 それは、かつて勇者だったエリックにとって、初めてのことではない。


 だが、勇者だったころと、今とでは、大きく違っていることがある。

 それは、勇者だったエリックは聖母の手駒に過ぎず、エリックは目の前の敵と戦うことだけを考えていればよかったが、今は、エリックの判断が直接、反乱軍の人々の命運を左右してしまうのだ。


 エリックの命令1つで、大勢が死ぬことになるのだ。


(案ずるな、エリックよ)


 緊張して唇を固く引き結んでいたエリックの内側で、魔王・サウラがささやいた。


(汝には、我がいる。

 我だけではなく、汝には、汝を信じて、目的を同じくして戦っている、仲間たちもいる。


 必ず、勝てるはずだ)

(……ああ、その通りだな、サウラ)


 普段、あまり多くを語らないサウラの言葉で、エリックは少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。


 魔王・サウラ。

 かつて、聖母がこの世界を支配する[仕組み]を作り、機能させるために生み出した、[道具]。


 しかし、サウラは聖母に反逆し、真の魔王となって、その支配を終わらせるために戦った。


 サウラは今のエリックと同じように、多くの人々の命運を背負って、戦っていたのだ。

 そんなサウラがエリックに力を貸すと言ってくれて、励ましてくれることは、エリックにとって心強いことだった。


 やがて教会騎士たちは、峠の頂上部分にまで差しかかってくる。

 そして、峠の頂上を通り過ぎていく教会騎士たちのことを、エリックたちは黙って、静かに身を隠したまま、見送った。


 先頭を進んで来るのは、教会騎士団のほんの一部に過ぎない。

 それよりも後から進んで来る教会騎士団の主力を一気に撃滅することが、ガルヴィンの思い描いた作戦だった。


 教会騎士たちはエリックたちが息を潜めていることに、まだ、気づいていない。

 彼らは、エリックたちが作りあげた罠の中に、無防備に飛び込もうとしていた。


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