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・第205話:「待ち伏せ:1」

・第205話:「待ち伏せ:1」


 エリックたち反乱軍は、出撃し、城外で教会騎士団を迎えうつことを決めた。

 それは、籠城しても勝ち目がないという絶望的な状況をひっくり返すための、賭けだ。


 正直なところ、勝ち目が少しでもあると考えている者は、ほとんどいない。

 いくらこちらに勇者と魔王の力を合わせ持ったエリックという存在がいるからといって、相手はこちらの3倍以上もの数があり、その大勢の敵をすべてエリックただ1人で殲滅せんめつできると思えなかったからだ。


 エリックは、異形のバケモノと化した聖騎士たちを切り伏せ、人々を救った。

 その力が強大なものであることに疑う余地はなかったが、その本当の力の大きさはまだわからないなところもあり、3倍以上の敵を相手に戦っても勝利をもたらせるという確信は、誰も、エリック自身でさえ持てていなかった。


 加えて、相手は、聖騎士を含む教会騎士団、聖母の身辺を守るためにこれまで聖都で温存されて来た[とっておき]だ。

 魔法学院で多くの人々が目にしたように、聖母からの[祝福]により、異形のバケモノとして破壊の限りを尽くすような暴虐な力を持った者たちが相当数いるのに違いなく、エリックたちは苦戦することを覚悟しなければならなかった。


 ただ1人、出撃を主張したガルヴィンだけは、自信があるようだった。

 彼は、「選りすぐりの兵、1000もあれば、大丈夫です」と、確約するほどだった。


 本当に、そんな兵力で大丈夫なのか。

 ただでさえ3倍以上の数の差があるのに、精鋭を選ぶとはいってもたった1000名では、兵力差は実に10倍にもなってしまう。

 エリックは、ガルヴィンのことは信頼していたが、不安に思わずにはいられなかった。


 だがエリックは、ガルヴィンにすべてを委ねることとした。

 反乱軍は合計で3000名以上の戦力を有するまでになってはいたが、出撃するとなると後方の防御のためにいくらか兵力を残さざるを得ず、どうせ、全軍で出撃するということはできないからだ。


 聖母がその配下の教会騎士団の全力を出撃させているのは、反乱軍から聖都はまだ遠く、エリックたちが聖母を攻撃するために攻めよせてくる恐れが小さいからだった。

 しかし、聖母と、その支配下に置かれた人間社会全体を敵にしなければならないエリックたちは、教会騎士団を相手にしながらも、別方面から聖母が兵力を送り込んでくることを警戒しなければならなかった。


 解放区の人々を安心させるためにも、兵力は残さなければならなかった。

 もしエリックたちが全軍を率いて出撃してしまえば、人々は[自分たちを見捨てて逃げたのではないか]と動揺し、無用な混乱が広がる恐れもある。


 そんな状況で、聖母の本気と向き合う。

 そのために取れる手段としては、危険な賭けとしか思えなくとも、確信のありそうなガルヴィンに頼らざるを得なかった。


 ケヴィンの同意も得て、エリックがガルヴィンに作戦の指揮を委ねると、ガルヴィンはさっそく、出撃する精鋭を選んだ。

 デューク伯爵に仕えていた兵士たちを中心に各中隊から選抜した700名、残党軍から300名の、魔術師を含む計1000名。


 残りの2000余名の反乱軍は、デューク伯爵の城館と魔法学院を防衛し、人々を安心させるために、魔法学院の学長・レナータや、信頼のおける名のある騎士数名と共に残されることとなった。


 また、勇者と並ぶ存在である聖女、リディアも、城に残ることになった。

 リディア自身は、かつてエリックを裏切ったという後悔から共に戦うことを望んだが、エリックという反乱軍の中心が離れる以上、それに匹敵する象徴となる誰かが残らなければ人々を安心させられないだろうということで、止むを得ず彼女を残すことになったのだ。


 エリックたちが出撃の準備を整え、精鋭1000名と共にデューク伯爵の城館を出撃するころには、迫ってきている教会騎士団のよち詳細な情報がもたらされていた。


 デューク伯爵の領地から、聖都へと向かう最短経路。

 そこは峠越えの道となっており、聖都から反乱軍を攻撃しようとすると、教会騎士団は長く曲がりくねった道を登り、下って来なければならない。

 エリックたちが準備を整えて城を出た時には、すでに、教会騎士団は峠のふもと近くまで到着しているとのことだった。


 エリックたちは、できるだけ素早く、峠に向かって進んだ。

 ガルヴィンの作戦では、その峠で教会騎士団を迎え討つことになっているからだ。

 反乱軍が峠に到着し、待ち伏せの準備を整える前に教会騎士団に峠を突破されてしまうわけにはいかなかった。


 時間との勝負だった。

 だからエリックは、かつてデューク伯爵を救おうと必死に馬を駆けさせた道を、再び、焦燥感にかられながら進んでいた。


 隊列の先頭は、エリックたちに少数の騎士を加えた、馬に乗った小さな集団だ。

 歩兵たちは後から追いつかせることにし、とにかくガルヴィンが考えている迎撃地点を確保するために、エリックたちは急いでいだ。


 それは、エリックにとって、憂鬱ゆううつな記憶を呼び覚ます道のりだった。


 デューク伯爵を救おうと必死に駆け抜け、そして、救うことのできなかったという、辛い記憶。

 あの時と同じように馬を駆けさせながら進む道のりは、エリックに、決して遠い過去ではないその記憶を、鮮明に思い出させる。


 エリックは、ヘルマンたち教会騎士の追撃を逃れるために、デューク伯爵を置いてその場から逃げ去るしかなかった。

 自身の父親を、すでに息絶えてしまったとはいえ、谷底に馬車の残骸と共に放置して、エリックは逃げ出すしかなかったのだ。


 その後、デューク伯爵の遺体は、城下町の人々によって救い出され、きちんと埋葬されたのだという。

 しかし、今まで忙しかったエリックにはデューク伯爵の墓参りをする余裕さえなく、まだデューク伯爵が葬られた墓地を訪れることさえできていない。


 心が、痛かった。

 エリックは目の前で父親を失っただけではなく、その墓地におもむいて弔うことさえできていないのだ。


 だが、今はその痛みに耐えるしかない。


 エリック自身の、復讐ふくしゅう

 デューク伯爵の、かたきを討つこと。


 そして、聖母によるゆがんだ形での世界の支配を、終わらせること。


 そのために、エリックはまず、目の前に迫ってきている教会騎士団を撃退しなければならなかった。


 幸いなことに、エリックたちは、教会騎士団が峠を越える前にどうにか、ガルヴィンが思い描いていた迎撃地点までたどり着くことができた。


「やりましたぞ!

 しかも、敵はまだ峠を登り始めたばかりで、準備をする時間もたっぷりある!


 さ、みな、手伝ってくだされ! 」


 遠く、教会騎士団が峠を登ってくる様子を見おろしたガルヴィンはそう歓喜の声をあげると、慌ただしく、彼の作戦を実行するための準備を開始した。


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