・第204話:「敵襲」
・第204話:「敵襲」
エリックたち反乱軍の軍議は、沈黙に包み込まれていた。
倒すべき存在である聖母は未だに大きな勢力を誇っており、反乱軍の勢力では、現在の解放区を維持するだけでも精一杯だからだ。
だが、その沈黙は、突然破られた。
集まって黙り込んでいたうちの1人が、急に妙案を思いついたわけではなかった。
解放区の周辺の状況を探るために放たれていた偵察兵の1人が軍議の席に駆けつけて、急報をもたらしたからだった。
「大変だ!
教会騎士たちが、聖都からこっちに向かって出撃して来たらしい! 」
その、血相を変えた様子の偵察兵からの第一報に、エリックたちは表情を険しくした。
聖母の直接の支配下にある軍事組織である教会騎士団は、これまでの戦いで少なくない損害を負っていた。
だが、そんな教会騎士団が動いたということはつまり、聖都周辺で聖母を守るために残されていた最後の精鋭部隊が、エリックたち反乱軍を叩き潰すために出撃したということを意味していたからだ。
その第一報を受けて、エリックたち反乱軍はすぐさま、応戦の準備を開始した。
聖母たちが反乱軍を攻撃しようとすることはすでに予想されていたものの、まだできあがってから日の浅い反乱軍はその内部の体制を整えることから始めなければならなかったから、教会騎士団を迎撃するにしろ、拠点に籠城するにしろ、用意しなければならないことはたくさん残っているのだ。
やがて、向かってきている教会騎士団の数は、10000名にも及ぶとの報告がもたらされた。
「つまり、聖母はすぐに動かせる自分の手駒は、すべて投入して来たということですな」
反乱軍の副将として、ケヴィンと共に籠城の準備を指揮していたガルヴィンは、その報告を聞くと、自身のヒゲを指でもみながら悩ましそうに言った。
これまでにエリックたちが教会騎士団へと与えた損害を考えれば、ガルヴィンの言うように、聖母は残された教会騎士団の全力を出撃させたと考えていいだろう。
その数は、エリックたち反乱軍の3倍以上にもなる。
「初手から、全力で我々を叩き潰しに来た、ということか」
ガルヴィンに続いて、副将として、主に魔王軍の残党軍を指揮していたケヴィンも、そう言って険しい表情で腕組みをし、考え込んだ。
どうやって、聖母の勢力を崩していくか。
エリックたちはそのことに悩み、妙案もないままだったが、聖母はエリックたちがなにか行動を開始する前に機先を制し、その全力で反乱軍を消し飛ばそうとしているようだった。
それは、それだけエリックたち反乱軍の存在が、聖母にとって脅威となり始めているということでもある。
しかし、味方もあまり多くないうちに聖母の[本気]を相手にすることとなった反乱軍は、まさしく窮地に陥っていた。
偵察兵たちの報告によれば、聖都を出撃した教会騎士団は、まっすぐ、最短経路でこちらに向かってきているらしい。
(父上……)
反乱軍の総大将として、ケヴィンとガルヴィンと一緒に反乱軍の司令室として使われているデューク伯爵の執務室にいたエリックは、目の前で失った父親のことを思い出していた。
教会騎士団が進撃してきている道。
それは、デューク伯爵がその命を失うことになった道だったからだ。
「やはり、ここは籠城するべきだろうな」
腕組みをして考え込んでいたケヴィンは、しばらくしてそう言った。
「敵は、こちらの3倍以上だ。
出撃して野戦しても、勝ち目はない。
籠城できるならば、長く持ちこたえることもできるだろう」
「しかし、こちらに援軍がある見込みは、ありませんぞ」
そのケヴィンの意見に、ガルヴィンは反対であるようだった。
「我々が今、一番悩んでおるのは、聖母の下に未だに多くの人間が従っているということだ。
それはつまり、聖母は時間さえあれば、教会騎士団だけではなく、人類全体に対し動員を命じて、さらに多くの兵力を送り込んで来ることもできる、ということだ。
それに対して、我が方に援軍がある見込みはない。
魔法学院に残している兵力はほんの数百だし、解放区となっている領域以外の人間が自発的に立ち上がって駆けつけてくれる保証もない。
もちろん、勝手知ったる城だ、3倍の兵力が相手でも長く持ちこたえて見せよう。
しかし、外からの援軍がなければ、やがて物資も欠乏して、どうにもならなくなってしまうだろう」
「それは、その通りだが……」
ガルヴィンの言葉に、ケヴィンは途方に暮れたような顔をする。
籠城戦で、防衛側の勝ち目は、大まかに言って2つしかない。
1つは、外部から強力な援軍を得て、攻撃側の撃退に成功すること。
もう1つは、大軍を持って包囲する攻撃側が、その大軍を維持するための補給を継続できなくなり、自発的に退却するまで耐え抜くことだ。
しかし、今はその2つとも、望み薄だった。
エリックたち反乱軍は檄文を出して聖母に対し立ち上がる必要性を人々に向かって主張しているが、反応は芳しくない。
そして、反乱軍が劣勢であると知られれば、エリックたちに対して味方しようと考える者はまったく出てこないだろう。
ケヴィンだって、内心では、籠城しても勝ち目がないことはわかっているだろう。
しかし、今はもう、そうやって時間を稼ぎ、その間になんとか逆転の可能性を模索するしかないというのが、彼の考えであるようだった。
籠城に反対する意見を述べたと言うことは、ガルヴィンはおそらく、出撃することを考えているのに違いない。
そしてガルヴィンは、無策で優勢な敵に突っ込んでいくような、猪突猛進するような人物ではなかった。
「ガルヴィン。
もしかして、なにか、考えがあるのか? 」
ガルヴィンのことをよく知っているエリックが、期待と共に視線を向けると、ガルヴィンはニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。
「もちろんですとも!
伊達に、この地の守護者を長く務めてきたわけではないということを、お見せいたしましょう! 」