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・第203話:「足りない」

・第203話:「足りない」


 ガルヴィンとラガルトの力比べは、結局、ラガルトの勝利となった。

 といってもこれは人間とリザードマンという種族差によるもので、ガルヴィンは人間族とは思えないほどの好勝負でラガルトに食い下がった。


 確かにガルヴィンはラガルトに勝つことはできなかったが、その勝負を観戦していた魔物や亜人種たちの多くは、[人間も、なかなかやるな]というふうに思い、その実力を認めてくれたようだった。

 また、多くの人間たちも、魔物や亜人種たちが自分たちと同じように感情と理性を持った存在であると知ることができたようだった。


 それは小さな変化だったが、大きな価値のあることだった。

 これまで対立関係しか知らなかった人間と魔物と亜人種が、互いに協力し、共存していくこともできるかもしれないと、多くの者たちが気づいたからだ。


 だが、反乱軍の力によって聖母を倒し、この世界を聖母の支配から解放するためには、まだまだ、足りないものがたくさんあった。


 なにより不足しているのは、規模の大きさだ。


 エリックたち反乱軍は、デューク伯爵領を解放区として手に入れたことで初めて、戦うことのできる軍隊としての機能を手にすることができたが、3000余名の兵力では、未だに聖母の支配下にある人類全体を相手にして戦い抜くことなど難しい。


 反乱軍が今、なによりもするべきことは、聖母の残虐な正体を人々に向かって明らかにし、聖母の支配下から離脱させるのと同時に、反乱軍に引き込み、聖母を倒せるだけの力を得ることだった。


 勇者と、魔王の力。

 いくらエリックがその2つの力を持っているのだとしても、数十万の人類軍を突破して聖母の下にたどり着くのは、できないことだ。


 いや、正確に言えば、実行力としてはおそらく、エリックはそうするだけの実力を有している。

 だが、できるからと言ってそれをやってしまえば、大勢の人間を殺傷することになるだろうし、実際に聖母を前にした時にエリックは消耗してしまっていて、肝心の目的を果たすことができないかもしれないのだ。


 聖母の支配を崩し、味方してくれる人々を増やす。

 そのためにエリックたちは、周囲に檄文げきぶんを発し、聖母の非道さと、その聖母と戦わなければならないということを人々に向かって訴えかけた。


 だが、檄文げきぶんを受け取った人々の反応は、かんばしくなかった。


 反乱軍がどうにか檄文げきぶんを送り、人々の目に見えるようにばらまいても、聖母の命令によってすぐに回収されてしまう。

 なにより、多くの人々はその檄文げきぶんを目にしても、内容について懐疑的で、信じようとはしてくれなかった。


 人間はこれまでずっと、聖母の支配下で生きてきた。

 いくつもの世代を重ねる間、人間たちはずっと、聖母こそが絶対の存在であり、信仰するべき唯一の存在であると教えられてきた。

 そうして聖母の支配を受ける間に、人々は聖母という存在を疑うことすらしなくなり、その支配を、なんの疑問もなく受け入れるようになっていった。


 そして、多くの人々は、平穏に暮らしている。

 魔王軍のサエウム・テラへの侵攻という危機を経験したものの、その危険はエリックの活躍もあって過ぎ去った。


 人間たちは、その平穏を、[聖母の加護のおかげだ]と信じているのだ。

 すべてが聖母によって仕組まれたことであることも知らずに、みなが、聖母のおかげだとありがたがって暮らしている。


 目の前にある、平穏。

 それこそが、聖母という存在が絶対であることの証拠である。


 そんなふうに人々が考えている限り、エリックたちがいくら事実を並べて聖母の非道さを指摘しても、意味をなさなかった。

 信憑性しんぴょうせいのないウソ、と、一方的に決めつけられてしまうからだ。


「やはり、人々は聖母への信仰心を、捨てきれずにいるようです」


 今後の反乱軍の方針を話し合うために、主な仲間や幹部たちを集めて開かれた軍議の席で、魔法学院の学長・レナータがため息交じりにそう言った。


 人々に聖母という存在の本性を知らせるために発している檄文げきぶんは、レナータが原案を作ったものだった。

 魔法学院の学長という、社会的に認められた地位にあるレナータが保証した言葉であれば、人々も信じざるを得ないだろうという思惑があってのことだった。


 しかし、現実は、思ったようにはいっていない。

 幼いころから聖母を信仰するように教え込まれて来た人間たちは、容易にはその信仰を捨てることができなかったのだ。


 加えて、聖母への信仰を支える存在である教会の暗躍によって、人類社会にはレナータの悪評が広められている。

 その内容は悪辣あくらつなデタラメばかりであったが、巨大な組織である教会によって各地で一斉に広められているその悪評をさえぎる手立ては反乱軍にはなく、少なくない人々が無思慮にその悪評を信じ込んでいるというのが、現状だった。


「やはり、なにかきっかけが必要だろう。

 人間たちに聖母という存在への疑念を抱かせる、そんな、きっかけになる出来事が」


 残党軍のリーダー、エルフのケヴィンが、険しい表情で腕組みをしながらそう言った。


 その意見には、エリックたち、集まった全員が同意だった。

 問題なのは、なにが、聖母の支配を切り崩す[きっかけ]となるのか、ということだった。


 そのことについて、なにか考えを持っている者は、誰もいないのだ。


「あのぅ、レナータ学長?


 前に、あたしがさらし者にされていた時にヘルマンたちがやったみたいに、魔法で、大陸全土に向かってエリックに演説してもらって、聖母を糾弾きゅうだんするとかはできないんですか? 」

「残念ですが、難しいでしょう。


 できる、できないで言えば、可能ですが、問題なのは、それで人々の心を動かすことができるのか、ということです。


 人々は、自分の目で見て、耳で聞いてきたことの方を信じます。

 いくらわたくしたちが真実をうったえかけても、実際に魔法学院での惨劇さんげきを目にしていない人々には、偽りととらえられるだけになるでしょう」

「ですよ、ねぇ……」


 レナータの言葉に、少しでも議論が進むきっかけになればと思ったことを提案してみたクラリッサだったが、無念そうに引き下がる他はなかった。


(オレたち反乱軍には、戦力も、人々からの信用も、足りていない。


だが、きっかけ……。

 きっかけさえ、得られれば)


 そうすれば、必ずそのチャンスをつかんで見せるのに。

 エリックは、歯がゆかった。


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