・第202:「力比べ」
・第202:「力比べ」
反乱軍が瓦解する危機に陥っているのかもしれない。
そんな、深刻な懸念から急いで騒動の起こっている場所へと駆けつけたエリックだったが、現場に到着してみると、拍子抜けしたような気分にさせられた。
確かに、そこでは、ケンカが起こっていた。
だがそれは、エリックが心配していたような深刻な対立、というような雰囲気ではなく、なんというか、祭りのような楽しそうな雰囲気のものだったのだ。
「フンッ、ぬぬぬぬぬぬっ!
相手がリザードマンだろうと、ワシは負けんゾォ! 」
「フッ、グ、オォオオオオオオッ!
ニンゲン、ゴトキニ、ワシハ、マケラレン! 」
騒ぎを聞きつけて集まって来た人々の輪の中心には、エリックにとってもよく見知った相手である、ガルヴィンと、ラガルトの姿があった。
2人は樽に水を満たし、それを持ち上げている。
ガルヴィンは顔を真っ赤にしてその顔に血管を浮き上がらせ、ラガルトも手や足をプルプルと震わせていた。
どうやら、2人は力比べをしているようだ。
そしてその様子を、集まって来た人々は、人間も魔物も亜人種も関係なく、楽しそうにはやし立てている。
どこにも、血なまぐさい陰惨な対立の雰囲気はなかった。
エリックとセリスが予想外の状況に呆気に取られていると、審判役を任されていたらしいドワーフが、盾とメイスをゴング代わりに打ち鳴らした。
すると、ガルヴィンとラガルトはほぼ同時に、持ち上げていた樽を地面の上におろす。
ドスン、と重々しい音が鳴り響き、樽の中で水がばしゃばしゃと踊った。
「双方、成功とみなす!
さぁ、水をつぎ足せ!
次で決着がつくか、どうか!?
果たして、勝負の行方はいかに!? 」
ガルヴィンが不敵な表情で肩をぐるぐる回し、ラガルトがまだまだ余裕だと言わんばかりにポージングを決める中、司会役らしいハーフリングが、芝居がかったような口調でそう言うと、ガルヴィンとラガルトの樽に水がつぎ足されていく。
ガルヴィンの樽には人間の兵士が、ラガルトの樽にはエルフが。
ザバザバと水を注いでいく。
「さぁ、勝負、勝負だ! 」
そして、司会役のハーフリングのかけ声で、ガルヴィンとラガルトは再び樽を持ち上げた。
「えっと……、どうするの、エリック?
止めなくても、良さそうだけど? 」
「うん……、そうみたいだ。
けど、なんでまた、力比べなんてことに……? 」
「それはね、お2人さんっ♪ 」
まだエリックとセリスが呆気に取られていると、いつの間にか背後から忍び寄ってきていたらしいクラリッサが、にゅっ、っと、2人の間に割って入るように顔を出した。
「あたしたち、やっぱり、なんだかんだ言っても長年戦って来た仲でしょう?
表面的には協力できていても、内心じゃ複雑だってのは、当たり前。
いつかその対立が吹き出してきて、歯止めが利かなくなるんじゃないかって、不安に思ってたのはみんな同じなんだよ。
だから、あたしたちはこっそり、話し合ってみたんだ。
どうすれば、ぶつかり合わずにやっていけるか、ってね。
んで、出てきた結論が、コレ、ってわけ」
再びドワーフがメイスで盾を叩き、ガルヴィンとラガルトの勝負は決着がつかないままさらに続くようだった。
その様子を見ながら楽しそうに笑っているクラリッサは、まだ話がのみ込めずきょとんとしているエリックとセリスに説明を続ける。
「つまりね?
不意に不満が噴出してくるのがいけないっていうのなら、こっちから先に出してやろうってことなのさ。
武器を持ち出して決闘、なんてことはできないから、力比べなわけ。
そうやって、内心ではまだ憎み合っているかもしれないみんなの不満をガス抜きして、ついでに、こんな風にお祭りみたいにしちゃえば、相互理解も深められて一石二鳥ってことになってさ。
まぁ、その、ガルヴィンさんも、ラガルトさんも、ケンカしてるふうに見えて、そういう打ち合わせでやってんのさ。
ついでに、まわりで司会やったり手伝ったりしてる人たちも、みんな、協力者。
あ、もちろん、このことは内緒にしておいてね? 」
つまり、この力比べは、ガルヴィンとラガルトが本当にケンカになって始まったことではなく、対立関係を克服するためのレクリエーションのようなものだということだった。
エリックは、なるほど、と感心していた。
みんなが内心で抱えている不満や憎しみを抑え込むのではなく、こうやって、陰惨ではない明るい雰囲気で発散させることができれば、問題が深刻化する前に制御することもできるだろう。
もちろん、このお祭り騒ぎを快く思わない者だって、いるだろう。
互いに殺し合いをしていたということは、そう簡単に克服できるようなことではないし、ガルヴィンとラガルトが明るくケンカをして見せても、その様子を馴れ合いとして不快に感じている者たちもいるはずだった。
だが、そういった深い憎しみを持ってはいない者たちの不満だけでもそらすことができれば、反乱軍が抱えている内部分裂の危機はかなり緩和させることができる。
結局、ひとつひとつの問題に向き合って、少しずつ解消していくしかないのだろう。
「しっかし、エリック、ずいぶん元気になったみたいだねェ?
ガルヴィンさんとラガルトさんがこんなことを始めたのも、元はと言えば、アンタが心ここにあらずで、使い物にならなかったからなんだよ?
もちろん、アンタの気持ちもわかってたから、自分たちでなにかできることがないかっていう話になったんだけど。
なんにせよ、立ち直ったみたいで、よかったよかった」
「それは……、心配かけて、ごめん。クラリッサ」
「いいんだよ~。
お2人がどこまで行ったのか、それさえ教えてくれればね~」
クラリッサの言葉にエリックが謝罪すると、クラリッサはニヤリと笑みを浮かべ、ぐっ、っと両手でエリックとセリスを左右から抱きしめた。
まるで、白状するまで逃がさない、と言っているようだった。
「お2人さん、ずいぶん、仲良さそうによりそってたわよねぇ?
知ってる? エリック。
あんたの部屋のバルコニーって、けっこう、あっちこっちから見えるんだよ?
ま、気づいてたのは、あたしだけだろうけどね。多分」
「あっ、いや、あれは、その……」
「べっ、別に、な、なんでもないから……っ」
その少しからかうようなクラリッサの言葉に、エリックもセリスも少し赤面しながら、クラリッサから逃げるように視線を逸らすしかなかった。