・第201話:「騒動」
・第201話:「騒動」
エリックは、しばらくの間、泣いていた。
そしてセリスは、そんなエリックが泣き止むまでずっと、エリックのそばによりそってくれていた。
特になにか、言葉を交わすわけでもない。
ただ近くにいて、自分がそこにいるよと、伝えてくれるだけ。
それだけで、エリックは、ずいぶん久しぶりに、深い安心感のようなものを感じていた。
エリックは、多くの物事をその内側に抱え込んで、生きてきた。
勇者として聖母に選ばれ、聖母の思惑も知らずに戦い続けていた間も、聖母たちに裏切られてからも、ずっと、エリックは弱音を吐きそうになる自分を押し殺し、戦って来た。
そして今は、聖母による非道な支配に終止符を打ち、この世界そのものを解放するために、戦うと決意している。
目的を果たす、その時までは。
自身を裏切って使い捨てにした聖母たちに復讐を果たし、当然の報いを受けさせ、この世界を救うまでは。
とても、弱音など、言っていられない。
なぜなら、エリックは、勇者であり、魔王だからだ。
どんな運命なのか、決して相容れることのないはずの2つの存在が1つとなったのが今のエリックであり、聖母に対抗するための、唯一の希望となっている。
そんな自分が弱音を吐いたりすることなど、できないし、許されない。
その意識、義務感や責任感が、エリックの心をずっと締めつけていた。
ずっと、自分の内側に隠してきた、エリックの弱さ。
それを、隠さなくてもいいのだと、セリスはそう、エリックに伝えてくれている。
エリックはその時、確かに、救われたような気がしていた。
勇者として人類を救い、そして今は、魔王となって世界を救おうとしている自分を、セリスが救ってくれたのだ。
涙が枯れるころには、エリックはすっかり落ち着きを取り戻していた。
問題がなにか解決したわけではなかったが、自分ただ1人だけですべてを抱え込む必要はないのだとわかっただけで、エリックは自分が背負っていた責任や義務が軽くなったよぅに感じていた。
「もう、大丈夫だから、セリス。
それと……、かっこ悪いところ見せて、ごめん」
「いいのよ、エリック。
だって、私はエルフだもの。
こう見えて、あなたの何倍も生きている、お姉さんなんだから」
泣き止んだエリックがそう言って微笑んで見せると、セリスも、わずかにだが微笑んだ。
そのまま2人は、じっと見つめ合っていた。
言葉を必要とすることもなく、ただ、通じ合っている、そんな風に感じながら。
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にわかに外が騒がしくなったのは、その時だった。
怒鳴り声が響き、それに続いて、人々がはやし立てるような声をあげている。
「なに……?
敵襲、じゃ、ないみたいだけど……? 」
「わからない。
でも、なんだか、ケンカしているみたいだ」
2人がいぶかしんでいると、騒ぎの音は、どんどん、大きくなっていった。
どうやら騒ぎに気づいた周囲の人々が次々と集まってきて、騒動が大きくなり始めているらしい。
エリックが思った通りにケンカが起きているのであれば、マズい状況だと言えた。
人間と、魔王軍の残党軍。
ついしばらく前まで血で血を争う戦争を続けていた両者が同じ場所にいるのは、ただ1つ、聖母の支配を終わらせるという目的のためだ。
だから、両者の間でなんらかの和解や許しがあったわけではなく、なにかきっかけさえあれば、両者の対立関係は表にでてくることになるだろう。
人間と、残党軍。
両者の間に根深く残っている対立が、とうとう、その姿をあらわしたのかもしれない。
そうだとすれば、せっかく態勢を整えつつあった反乱軍が、一気に瓦解してしまうかもしれないということだった。
そして、もし、本当にそんな事態になっているのであれば、エリックが仲裁しなければならなかった。
反乱軍はまぎれもなくエリックをリーダーとして集まった人々であり、今起こっているかもしれない深刻な内部分裂の危機を納めることができるのは、ただ1人、エリックだけであるはずだからだ。
「止めに行かなきゃ。
セリス、ついて来てくれるかい? 」
「ええ。
状況によっては、兄さんも呼ばなきゃいけないだろうし」
エリックの言葉にセリスもうなずくと、2人は急いで外へと向かった。
ほんの少し前までのエリックだったら、きっと、その足取りはおぼつかなく、まったく、頼りにならない様子だっただろう。
だが、今のエリックの足取りはしっかりとしていて、その表情は、大勢の人々の運命を担うという責任を、真剣に果たそうとしている者の顔だった。
すべて、セリスのおかげだった。
彼女がエリックの心を救ってくれたからだ。
ついさっきまでのエリックだったら、なにもすることなどできなかっただろう。
エミリアを救うことができない自分の無力さにうちひしがれ、自分を責め、動揺しているエリックの言葉に、いったい、誰が耳を貸すというのだろうか。
しかし、今の、迷いのない、勇者であり魔王であるエリックの言葉にだったら、人々は耳を貸してくれるに違いなかった。
(せっかく、ここまで来ることができたんだ。
こんなところで、反乱軍を瓦解させることは、絶対にできない)
エリックは、黙って自分について来てくれているセリスに感謝しながら、そう決意していた。