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・第198話:「反乱軍」

・第198話:「反乱軍」


 エリックが故郷を聖母たちの支配下から解放してから、一週間以上が経過していた。

 そしてその間に、聖母の支配に対して立ち上がった反乱軍は、その戦力を大きく増強していた。


 ここにいるエリックが、本物である。

 そう認めたガルヴィンの名によって、デューク伯爵の領地に動員令が下され、総勢で、2000名もの兵士たちが反乱軍に加わったのだ。


 デューク伯爵の指揮下にあったその2000名の兵士たちは、すべて、実戦に対応することのできるレベルにある兵士たちだった。

 領主として十分な能力を持っていたデューク伯爵は、ガルヴィンという優れた騎士をその旗下に有するなど、領地と領民を守護するための防衛力についてもできるだけの配慮をしており、これだけの人数をいつでも戦闘に対応できるように準備していたのだ。


 その兵士たちの多くが、実戦経験を持っていた。

 魔王軍が聖母に支配された大陸であるサエウム・テラに侵攻した際に戦闘を経験した兵士たちの数は多く、デューク伯爵の2000名の兵士たちのほとんどに及ぶ。


 加えて、その2000名の中には、多くの騎士が含まれている。


 サエウム・テラに暮らす人々にとって、騎士とは、単純に騎乗しただけの兵士のことではない。

 使える主に代わって兵士たちを統率し、軍事的な見地から助言等も行う、軍事の専門家プロフェッショナルたちのことだった。


 騎士は、上位の貴族から領地を与えられた、一代限り、あるいは世襲制によって成立している身分の者たちだった。

 彼らは、領地から税を取り立て、統治を行う権利を与えられる代わりに、自分自身と領地の規模に応じて定められた数の従者や兵士たちをともなって、危急の時には使える主人を守るためにはせ参じる義務を持つ。


 つまり、騎士たちの存在意義とは、専門の軍人として主に仕えることだった。

 彼らは単純に主人の戦力となるだけではなく、日々くり返して来た軍事的な訓練や専門的な学習により、戦場で兵士たちを進退させる方法について心得を持っている。


 その騎士たちが数十名というまとまった数で加わったことにより、エリックの下に集まった反乱軍は、初めて、軍隊としての体裁ていさいを整えることができた。

 兵力が量的に補充されただけではなく、上位の指揮官から末端の兵士たちまで命令を伝達する指揮系統が作られ、有機的に反乱軍という集団を進退させることができるようになったのだ。


 反乱軍は総勢で、3000名以上を数える集団となった。

 そして、その3000余名の兵力は、エリックを頂点とし、その下にガルヴィンとケヴィンの2人が副将としてつき、そのさらに下に、著名な騎士やラガルトらに率いられたいくつもの部隊が存在する、という形に再編成された。


 最小の部隊は、[小隊]と呼ばれ、約100名で構成される。

 それを5つほど集め、500名ほどの集団とし、これを1つの戦術単位として[大隊]と呼ぶことにし、その大隊を6つ集めたのが反乱軍、という形になった。


 その内訳は、人間族によって構成される大隊が5つに、残党軍によって構成される大隊が1つとなる。

 そしてその6つの大隊の他に、騎士やその従者、残党軍から集められた騎兵部隊が編成され、臨機に戦線に投入されることとされた。


 反乱軍が軍隊としての組織を形成するのと同時に、反乱軍の手によって聖母の支配から解放された[解放区]に暮らす人々を統治する構造も、きちんと機能する形で作られつつあった。

 というのは、デューク伯爵領を解放したことにより、デューク伯爵の下で実際に統治を行っていた行政組織を、そっくりそのまま手に入れることができたからだ。


 これによってエリックたちの反乱軍は、根無し草の放浪軍ではなく、しっかりとした根拠地を持つ軍隊となった。

 エリックたちは、兵員を補充し、訓練し、休息させることができる、兵站を手にしたのだ。


 数という部分に目をやれば、これは、あまりにも小さな集団だった。

 未だに聖母の支配下にある人類軍は、結集すれば10万や20万の軍勢は簡単に集めることができるのだ。

 それを前にしては、たった3000余名など、波間に浮かぶ枯れ葉のようなものだ。


 それでも、反乱軍は、その骨格をはっきりと形作った。

 それは、エリックにとって、とてつもなく大きな進歩だ。


 人類社会全体は不可能であっても、少なくとも、聖母の直接の指揮下にある教会騎士団程度であれば、単独で相手にしても勝算があるほどの勢力を築き上げることができたからだ。


 反乱軍が軍隊として再編される中、エリックたちによって解放されたデューク伯爵領に暮らす人々は、かなり落ち着いていて、これまでとほとんど変わらない生活を送っていた。

 それは、新しい支配者が、元々の領主であったデューク伯爵の実の息子であるエリックであるということと、デューク伯爵の下で広く名声を得ていた騎士・ガルヴィンが、そのエリックに従っているということが大きかった。


 ガルヴィンの説得によって、デューク伯爵の臣下だった者たちはみな、エリックに協力することに同意してくれた。

 そのおかげで、デューク伯爵領の領民たちは、それまでと全く変わらない行政官たちによって、それまでと同じ方法で統治されることとなり、目立った変化などなにも感じることがなかったのだ。


 反乱[軍]としての体裁ていさいを整えることができたものの、解放区の傘下さんかに入った大勢の人々をどう導くかは、エリックたちにとっては頭の痛い問題だった。

 これまでと何も変わらない、ということは、多くの人々の意識の中では、ここが聖母の支配から解放された解放区であり、自分たちは聖母の支配を脱するために戦っているのだという自覚を持っていないということでもあったからだ。


 このままでは、聖母たちがエリックたちに逆襲するために大きな動きを見せた時に、人々の間に混乱が生まれかねなかった。

 生まれた時からずっと聖母の教えを絶対の正義として教え込まれて来た人々にとって、自覚のないまま聖母と敵対することは、大きな動揺をもたらすはずだった。


 反乱軍は、自身を再編成し、デューク伯爵の行政組織をそのまま引き継いで統治する態勢を整えるのと並行して、解放区の人々に対して聖母の正体を明らかにするための活動も開始していた。

 解放区の各地に、魔法学院の門前町で聖母たちの蛮行を目にした人々を送り込み、聖母の残虐な本性を証言してもらうのと同時に、人間と魔物と亜人種とが共に協力して戦っているのだという姿を見せることで、人々に聖母と戦わなければならないのだという意識を広めようとした。


 反乱軍は、着々と、聖母と戦い、聖母を打倒するための準備を整えつつあった。


 だが、エリックにとって、それらは無関心なことだった。

 反乱軍の態勢を整える仕事はガルヴィンやケヴィン、魔法学院の学長・レナータたちが行ってくれていて、心ここにあらずといった様子のエリックは、なにも関わっていなかった。


 なぜなら、妹のエミリアの行方がまったく判明していないからだ。


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