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・第197話:「窮鼠(きゅうそ):2」

・第197話:「窮鼠きゅうそ:2」


 ひとまず、首の皮一枚で、つながった。

 聖母に許され、今後もその力を必要としてくれるという言葉を得ることができたヘルマンは、そう思って安心するのと同時に、エリックたちへの憎しみを強くしていた。


「おのれ……ッ!

 おのれッ……!!

 おのれェッ……!!! 」


 ヘルマンは、聖堂の通路を早歩きで通り抜けながら、両手の拳を強く握りしめ、何度も、何度も、怨嗟えんさの声をらした。


 ヘルマンは、聖母の[共犯者]として、長い年月を生きてきた。

 だが、その長い年月の間でも、これほどに追い詰められたのは、初めてのことだった。


 自分こそ、真に、聖母から選ばれたのだ。

 その自負が、これまで、ヘルマンの拠り所となっていた。


 遠い昔のことだが、ヘルマンは、自分がまだ、[普通の人間]であったころのことを、よく記憶している。


 忘れられるはずがない。

 なぜなら、ヘルマンは周囲の人々から、[落ちこぼれ]、[無能者]とさげすまれ、虐げられながら生きていたのだから。


 そんなヘルマンに、聖母はすべてを与えてくれた。

 特別な力に、不老不死、地位に、権力。


 虐げられる側から、虐げる側へ。

 その変化をヘルマンは喜び、そして、楽しんできた。


 そんな、ヘルマンに[生きる喜び]を教えてくれた聖母のために、ヘルマンはこれまで、何人もの勇者たちを裏切って来た。

 そして、その裏切り行為を、ヘルマンはなによりも好んでいた。


 聖母が勇者として選ぶのは、大抵、人間社会の中で[筋]の良い者たちだ。

 高貴な生まれであり、性格も人々から好まれるもので、勇者としての使命に熱心な者ばかりだった。


 それは、聖母にとって、勇者とは人間の象徴となるべき存在であり、そのためには人々から尊敬され、受け入れられやすい者を選ばなければならなかったからだ。


 そしてそういった者たちこそ、かつて、ヘルマンを虐げていた者たちだった。


 だからヘルマンにとって、彼ら、勇者たちを裏切り、始末することは、なんとも言えない快楽であった。


 自分は正しいことを、人々を救うために戦っているのだという、まっすぐで、純粋じゅんすいで、高潔な者たち。

 そんな勇者たちが、裏切られた事実に衝撃を受け、絶望の表情を浮かべて死んでいく様は、ヘルマンにとっては甘美な光景だった。


 それは、かつてヘルマンを虐げた者たちに対する、復讐ふくしゅうだったのだ。

 何度も、何度も、くり返し、復讐ふくしゅうの甘美をヘルマンに味合わせてくれる、喜びの瞬間だった。


 だが、そのヘルマンの幸福な日々が、失われようとしている。

 度重なる失敗により聖母からの信頼は失われつつあり、ヘルマンは失脚し、その力も、永遠の命も、地位も、権力も、奪われるかもしれない。


 そんな、恐怖と、焦り。

 そして、ヘルマンをそんな状態へと追い詰めている者たちに対する、憎しみ。


 その、ヘルマンの中で渦巻く感情は、ヘルマンに悪鬼のような形相をさせていた。


 そんなヘルマンが、無数のアーチを組み合わせて作られた聖堂の廊下を通り抜けて向かって行ったのは、聖堂の地下へと続く螺旋階段だった。

 石レンガで作られた巨大な円柱の周りを下って行くように作られたその螺旋階段を、ヘルマンはいら立ちを隠しきれない足取りで降りていく。


 それは、ヘルマンのような、ごく一部の聖母の[共犯者]たちしか知らない、秘密の地下室へと続く階段だった。

 そこには、聖母が様々な研究や魔法実験を行うための施設や、聖騎士たちへ施す[祝福]を行うための設備が置かれている。


 その存在が秘密とされているのは、そこが、聖母が行う支配の根幹となる部分だからだ。

 そこには、聖母の残虐性と、聖母をあがめてその支配を受け続ける人間たちに対するあざけりの証拠となるものが集中していた。


 その秘密の管理は、徹底されている。

 ヘルマンたち[共犯者]以外には聖騎士も立ち入ることになるが、それはあくまで一時的なものであり、[祝福]を終えて地上へと戻される聖騎士たちはそこでの記憶をすべて消去されることになっている。


 聖女・リディア。

 勇者を背後から突き刺すという役割を終えた彼女が、巨大なガラス瓶の中に、他の[失敗作]と共に閉じ込められることとなるのも、その地下室だった。


 そして、その地下室の奥。

 いくつもの部屋の前を通り過ぎたそこに、今、ヘルマンにとっての[切り札]が捕えられている。


「やぁ、お姫様。


 ご機嫌は、いかがかな? 」


 部屋の扉を開き、そして、魔法の光を灯して部屋の中を照らし出し、そこに、エリックの妹、エミリアの姿があることを確認したヘルマンは、そう言って、みにくく、邪悪に歪んだ嘲笑を浮かべた。


 イスに足をそろえて、高貴な出自の姫らしく腰かけているエミリアは、ヘルマンの言葉になにも答えない。

 それどころか、なんの反応も示さない。


 エミリアの瞳は、虚ろだった。

 今も、ヘルマンによる術中にあり、その意志は封じられ、ヘルマンの支配下にある様子だった。


 そんなエミリアの姿を見て、ヘルマンは、下劣な笑みを浮かべると、ここに来るまでとは打って変わって、上機嫌な足取りで彼女へと近づいていく。

 そして、エミリアの前で腰を曲げてかがむと、彼女のあごに自身の指をわせ、無理やり、ヘルマンの方へと向かせた。


「さすがに、妹だ。

 エリックに、少し似た雰囲気もあるな」


 人形のように無表情なままの、エミリアの端整な顔立ちを見つめながら、ヘルマンは笑みを深くし、それから、舌なめずりをした。


「エリックよ。

 貴様は今ごろ、勝った、勝ったと、愚かにも喜んでいることだろう。

だが、俺の手の中には、切り札がある。


 エミリア。

恨むなら、お前の兄が、聖母様に歯向かったことを、恨むのだな。

 もっとも、心を封じられた今のお前には、なにもわからんだろう。

 せいぜい、我を取り戻した時に絶望し、そして、エリックの妹に生まれたことを悔いるといい。


 ククク……。

 エリック、今から、お前の怒り狂った顔が、楽しみだっ!

 聖母様に、この俺に、逆らったこと、たっぷりと後悔させてやるッ!!


 フハッ!

 フハハハハハハハハッ!! 」


 ヘルマンと、エミリア以外には誰もいない、地下深くの秘密の部屋。

 その、魔法の光でわずかに照らされただけの薄暗い不気味な部屋の中で、ヘルマンの下劣な哄笑が響いていた。


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