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・第196話:「窮鼠(きゅうそ):1」

・第196話:「窮鼠きゅうそ:1」


 エリックに率いられた反徒が、デューク伯爵の領地を奪還した。


 その報告が聖都に、そして聖母の下へと届けられたのは、エリックが故郷を奪還してから数日後のことだった。


「ヘルマン。


 どうやら、また、大きな失態のようですね」


 聖母の威厳を示すべく、壮麗そうれいに、巨大に作りあげられた聖堂の奥深く。

 公式に信者たちと対面するための謁見えっけんの間とは別に、ごく近しい者たち、聖母に支配されるのではなく、聖母と共にこの世界を支配する[共犯者]たちと対面するために作られた、非公式な謁見えっけんの間。


 その玉座に腰かけた聖母は、その仮面の下から、澄んだ、美しい声で、彼女の目の前にひざまずいているヘルマン神父を糾弾きゅうだんした。


「は……、ははっ!


 エリックめを滅ぼすこともできず、勝ち誇らせておりますことは、すべて、わたくしめの不徳の致すところ。

 弁解のしようも、ございませぬ……」


 聖母の前で、ヘルマンは額を床にこすりつけるほどに深くひざまずいていた。

 公式の謁見えっけんの間とは違って、非公式の謁見えっけんの間は暗く、最低限の魔法の明かりで照らされているだけだ。

 そんな中でひざまずいていると、まるで、人生のどん底にいるかのような、そんな暗い気分にさせられてくる。


 ヘルマンにとって、聖母とは、絶対の存在だった。

 神に代わる存在などではなく、聖母は、神そのものだった。


 なにしろ、聖母はヘルマンに、多くの力を与えてくれたのだ。

 並の戦士では足元にも及ばないような戦闘力を発揮する強靭な肉体に、人の心を操る異様な力。

 聖母の側近くに仕えるものとして与えられた、教会の高位の神父たちをも優越する、特権と、権力。

 そして、一千年以上もの時を、姿も変わらずに生き続けることのできる、不老不死の力。


 今のヘルマンがあるのは、すべて聖母のおかげだった。


 ヘルマンは、聖母にとって数少ない、その神に代わって世界を支配するという行為を始めたころからの、共犯者であった。


 だが、今のヘルマンは、聖母からの信頼を失いつつあった。


 なにしろ、これまで失敗続きだ。

 用済みになった勇者を抹殺するという、聖母から与えられていた役割を失敗したことを始めとして、その後、何度もエリックを捕らえて始末しようとして失敗し、挙句の果てに、魔法学院の離反、そしてデューク伯爵の領地をエリックに取り返されるという事態にまでなってしまった。


 ヘルマンは、平身低頭し、冷や汗を浮かべ、歯ぎしりしながら、聖母に許しを求める他はなかった。


 聖母は、ヘルマンにすべてを与えてくれた。

 その一方で、聖母は、ヘルマンからすべてを奪い去ることもできるのだ。


 その聖母が、怒っているのか、あるいは、それほどでもないのか。

 それは、聖母が身に着けている仮面に隠され、ヘルマンにはわからない。


 だからヘルマンは、聖母にひたすらに許しを請い、そして、屈辱に耐えなければならなかった。


(おのれ……ッ!


 反逆者・エリック!


 そして、裏切り者の、リディアめッ!! )


 ヘルマンが、聖母からの信頼を失いかけている理由。

 それはすべて、エリックのせいであり、そして、ヘルマンを裏切ったリディアのせいであった。


 少なくともヘルマンは、そう考えている。

 だが、そんな内心を、ちらりとでも口に出すことはできなかった。

 もしヘルマンが自らの責任を認めておらず、なんの反省もしていないのだと聖母に思われれば、その時点で、ヘルマンは終わりになるかもしれないからだ。


(この報い、必ず!

 必ず、お前らに受けさせてやる! )


 だからヘルマンは、内心で激しい憎悪の感情を燃え上がらせながら、聖母にひれ伏し続けている。


「弁解など、必要ありませんよ、ヘルマン」


 そんなヘルマンに、聖母は、美しい声で語りかける。


「必要なのは、お前の失敗を補うような、打開策です。


 なにか、考えはあるのですか? 」

「も、もちろん、ございますッ!!! 」


 ヘルマンは一瞬、バッ、と顔をあげてそう言うと、すぐさま、額を床につけ直し、聖母に向かってひれ伏した。


 そんなヘルマンの様子を、聖母は、無言のまま見つめていた。

 まるで、その仮面の下からヘルマンのことを値踏みしているような様子だった。


「……よろしいでしょう。

 まずは、お前の言う、打開策とやらを、申してみなさい? 」

「はっ……、ははっ! 」


 やがて聖母がそう問いかける、ゴクリ、と喉を鳴らしたヘルマンは、ひれ伏したまま、聖母に向かって彼の思う打開策を説明していった。


────────────────────────────────────────


 聖母は、ひとまずはヘルマンの言葉に納得してくれた様子だった。

 そして、ヘルマンに「今後もお前の力を頼りとしていますよ」と言葉をかけ、彼を下がらせた。


 命拾いしたヘルマンは、しかし、顔をあげないまま、聖母の前を辞して去って行った。

 その足取りは、聖母に見限られるかもしれないという恐怖と焦り、そして自分を窮鼠きゅうそのようにしているエリックたちへの怒りで震えたものだった。


「……さて、お前は、どう思いますか? 」


 そんな、追い詰められた様子のヘルマンの姿を仮面越しに見送った聖母は、ゆったりと足を組み、玉座の肘掛けに右肘を立て、立てた右手に自身の頬をあずけながら、聖母の背後に静かにひかえていた人物へと問いかけた。


「はっ。


 ひとまずは、ヘルマン神父に失敗を取り返す機会をお与えになって、よろしいかと」


 その、暗がりの中にいてよく見えない人物は、聖母に簡潔にそう答える。

 すると、聖母は仮面の下で、小さく笑った。


「フフッ。

 相変わらず、お前は優しいのですね。


 ……騎士・バーナード」

「……恐縮で、ございます」


 聖母の後ろに、ヘルマンが弁解する間じっとひかえていた騎士、バーナードは、暗闇の中で聖母に向かって深々とこうべれた。


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