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・第193話:「落城:2」

・第193話:「落城:2」


 戦いは一方的なものとなったために、デューク伯爵に元々使えていて、ガルヴィンの合図でエリックに味方した兵士たちには、ほとんど犠牲は出ていなかった。

 数名、負傷者が出てしまい、治療を受けているだけだ。


 そして、エリックと共に城館の前まで攻め込んだ反乱軍に至っては、無傷だった。

 彼らはみな、エリックと共に戦う覚悟で来ていたが、結局、ただ見ている間に城は開城してしまった。


「エリック殿。


 貴殿のことを信じていなかったわけではないが、正直、驚いた。

 まさか、ここまでの圧勝となるとは」


 城外に残っている反乱軍にも勝利の知らせを届けるため、セリスを伝令として向かわせた後、エリックに続いてデューク伯爵の城館の正門をくぐった残党軍のリーダー、エルフのケヴィンは、エリックの隣に並ぶと、なんだか複雑そうな顔でそう言った。

 激しい戦いを覚悟していたのに、肩透かしを食らったような様子だ。


「全部、ガルヴィンのおかげさ。


 ガルヴィンが、そして、この城の人たちが、オレのことを信じてくれたからさ」


 そんなケヴィンの方を、エリックは嬉しそうな表情で振り返ってそう言った。


 すべて、本心だ。

 ガルヴィンがエリックのことを信じ、事前に兵士たちに根回しをしておいてくれなかったら、こんなふうにあっさりと城を落とせることはなかっただろう。


 この勝利は、決して、エリックの力だけで得たものではない。

 エリックのことを信じてくれた人々がいてくれたからだ。


 そして、エリックにはその事実がなによりも嬉しいことだった。


 そんなエリックたちの目の前に、ぞろぞろと、20名ほどの教会騎士たちが、エリックに味方してくれた兵士たちから武器を突きつけられながら、両手をあげて進み出てくる。

 どうやら、彼らは捕虜ほりょであるようだった。


 いくら気に入らない相手だったからと言って、教会騎士たちは城館の兵士たちにとっては同じ[人間]であって、武器を捨てて投降すると言われては、問答無用で殺すのは忍びなかったのだろう。

 教会騎士たちの投降を認めた兵士たちは、その捕虜の処遇を、エリックたちに決めてもらうために連れてきた様子だった。


 エリックは、難しそうに顔をしかめた。


 教会騎士たちは、聖母への狂信的な信仰で知られている。

 エリックに協力するように仕向けようとしても、それは、徒労に終わるだけだろう。


 エリックにとっても、教会騎士たちもまた、聖母やヘルマンと並ぶ、憎いかたきだった。

 だから、心情としてはエリック自身の手で首をはねてやりたい気もしたのだが、しかし、武器を捨てて投降して来た相手を一方的に殺戮するのは、それはもう、虐殺だ。


 生かしておいても、正直言って、なんの利益もない。

かといって、即座に始末するという決断も下しがたかった。


 エリックたちの前に一列に並べられた教会騎士たちは、一様に、不安そうな視線をエリックとケヴィン、そして、その背後にいる反乱軍の兵士たちに向けている。

 降伏したことでひとまず命は助かったものの、反乱軍、特にこれまで教会騎士たちから弾圧を受けてきた魔物や亜人種たちからの敵意丸出しの視線に、彼らは自身のこれからの運命を悲観せずにはいられなかったのだろう。


 その場の雰囲気としては、捕虜であろうと教会騎士を生かしておくべきではないという意見が大勢である様子だった。

 そんな雰囲気を背中から強く感じ取りながらも、さすがに無抵抗の者を処刑するのは気がとがめ、判断に迷ったエリックは、ちょうど、隣にいたケヴィンを振り向いていた。


「ケヴィン殿。


 アイツらを、どうするべきか、なにか意見はないだろうか? 」

「そうですな。


 ひとまず、牢屋にも放り込んでおけばよろしいでしょう」


 ケヴィンから返って来た返答は、少し、意外なものだった。


 聖母たちからの弾圧を受け、その弾圧の実行者であり聖母の忠実な手先であった教会騎士たちを残党軍は強く憎んでいる様子だったから、エリックはケヴィンも当然、そうなのだろうと思っていた。

 そして、やはり、彼らを殺戮するべきと求めてくるだろうと、そう思っていたのだ。


「勘違いしないでいただきたい。


 降伏した以上、奴らを始末することは、いつでもできる。

 だが、その前に、できる限りの情報を引き出しておくべきだと、そう申し上げたいのだ」


 意外な気持ちでケヴィンの方を見ていたのは、エリックだけではなかった。

 それがわかるのか、ケヴィンはわざと周囲に聞こえるように大きな声でそう言うと、それから、ニヤリ、と冷酷な笑みを浮かべ、冷ややかな視線を教会騎士たちへと向けた。


 虐殺を阻止したケヴィンだったが、やはり、内心では教会騎士たちを憎いと思っている様子だった。


「もちろん、聖母を狂信する教会騎士たちは、素直に情報を吐くとは思えん。

 しかし、奴らがなにを望もうと、関係などないのです。


 聖母の陣営の内実、聖都の防備の弱点、兵力の規模、その配置に、物資の集積場所。

 すべて、無理やりにでも吐かせてやります。


 そういう仕事は、きっと、アヌルスが喜んでやってくれることでしょう」


 要するに、拷問ごうもんにかけようと言っているのだ。


 エリックはかつて残党軍と初めて出会った時、罪人同然の扱いを受ける捕虜だったが、その時、見せしめに処刑しようという意見が残党軍から出されていたことを思い出した。

 そして、提示された処刑方法の中で、もっとも残忍な提案を出したのはアヌルスだった。


 ケヴィンが言うとおり、アヌルスなら喜んで教会騎士たちからの[情報収集]を引き受けてくれるだろう。

 彼女は優秀な魔術師でもあり、教会騎士たちから洗いざらい、情報を手に入れることも難しくないかもしれない。


「なるほど。

 ケヴィン殿の言うとおり、ひとまず捕虜は牢屋に入れておくことにしよう」


 これから聖母たちと戦うのにあたって、できるだけ多くの情報は必要だった。

 拷問ごうもんという残忍な手段をとるとはいえ、ひとまず捕虜を虐殺するという判断を下さなくてもよくなったエリックは、少しほっとしつつ、そう言ってケヴィンにうなずいてみせていた。


 なぜ、すぐに始末しないのか。

 そういう不満の視線も感じられたが、残党軍のリーダーとしてこれまでの苦しい局面を乗り越えてきたケヴィンの言葉でもあり、異論をとなえようという者もいない様子だった。


 あわれなのは、教会騎士たちだった。

 捕虜となって命はつながれたものの、目の前で拷問ごうもんにかけられることが決定した彼らは、恐怖で小刻みに身体を震わせていた。


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