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・第192話:「落城:1」

・第192話:「落城:1」


 ガルヴィンが放り投げた兜が、城門の前に転がった。


 そしてそれが、ガルヴィンから、城館に立て籠もっているデューク伯爵の兵士たちに対する合図だった。


 兵士たちが示した反応は、最初は、沈黙だった。

 ガルヴィンの合図を見ても、兵士たちは「本当にやるのか? 」と、すぐには決心がつかない様子で、隣にいる兵士と視線をかわしたり、胸壁の間から、膝をついたままのガルヴィンと、その近くに立っているエリックとの姿を見比べたりしていた。


 だが、城壁から1人の教会騎士が悲鳴をあげながら落下すると、状況は一変した。

 兵士の1人が教会騎士を突き落としたのを最初として、躊躇ちゅうちょしていた兵士たちは次々と教会騎士へと襲いかかり、城館の内部は一瞬で阿鼻叫喚あびきょうかん坩堝るつぼと化した。


 どうやらガルヴィンは、事前に、兵士たちに、自分が合図をしたら一斉に教会騎士たちを攻撃するように言い含めていたらしい。

 不意にそれを実行された教会騎士たちはなすすべもなく、なにが起こったのかも理解できないまま、一方的に犠牲となって行った。


 やがて、デューク伯爵の城館は静けさを取り戻した。

 剣と剣を合わせる戦いの音も、断末魔の悲鳴も、もはや聞こえない。


 教会騎士たちの悲鳴を、固唾を飲んで見守っていたエリックたちの目の前で、ゆっくりと城門が開いていく。

 今度は、すぐに閉じることができるように少しだけの隙間ではなく、エリックたちを城内に迎え入れるという意思を示すために、門はすべて開け放たれた。


 そして、開かれた門からは、ガルヴィンの次席の司令官を務めていた騎士と、兵士たちの指揮官として働いていた兵士長たちが数名、進み出てきて、エリックたちを出迎えるように頭を垂れた。


 こうして、デューク伯爵の城館は落城し、エリックたち反乱軍のものとなった。


────────────────────────────────────────


 城下町の向こうの方から、歓声が聞こえてくる。

 その声は、焼け落ちつつある、教会騎士たちの野営地から聞こえてきていた。


 どうやら、デューク伯爵の城館がエリックたちに降伏するのとほとんど同じころに、場外でくり広げられていた戦いも決着がついたらしい。

 炎で照らされながらひるがえっているのは、エリックたち反乱軍の隊旗ばかりで、どうやら野営地に駐留していた教会騎士たちは全滅した様子だった。


 だが、味方の勝利を知っても、エリックたち、デューク伯爵の城館へと迫っていた反乱軍は、一言も発しなかった。

 まさか本当に、デューク伯爵の城館が自ら開城してしまうとは誰も思っていなかったようで、エリックたち反乱軍の圧勝と言えるこの結末に、呆然としている様子だった。


「やっと、あなたに勝てたみたいだ、ガルヴィン」


 そんな、呆気に取られている仲間たちの様子を横目に、誇らしそうな笑みを浮かべたエリックは、まだ自身の手に持っていたツヴァイハンダ―を地面に突き刺して手を自由にすると、そう言ってガルヴィンへと手を差し伸べた。


「なァに、ちと、わしが年をとったというだけですわい」


 そんなエリックの手を見上げたガルヴィンは、まだダメージが抜けきらないのか冷や汗を浮かべながらもそう強がってみせると、エリックの手を取って立ち上がった。


「誰か、ガルヴィンの手当てを頼みたい! 」


 そのガルヴィンの様子を見て取ったエリックが仲間たちの方を振り返ってそう叫ぶと、負傷者を手当てするために馬に乗ってエリックたちに追従してきていた魔術師と薬草師が進み出てきて、ガルヴィンの手当てを始めてくれた。


 素直に手当てを受け始めるガルヴィンの姿を見て安心し、視線を開いたままの城門の方へと向けたエリックは、まだこちらに頭を下げたままの兵士たちに「顔をあげてくれ。オレたちを、城館の中に案内して欲しい」と依頼し、そのまま、彼らの案内に従って門をくぐって行った。


 エリックがデューク伯爵の城館の正門をくぐるのは、彼が、勇者として魔王・サウラを倒すための旅に出た、それ以来のことだった。

 すでにエリックは1度里帰りを果たしてはいたものの、その時はこっそりと潜入する形であって、正面から堂々と故郷に、家に戻って来たのは、これが初めてのことだった。


(ああ……。


 オレは、帰って来たんだな)


 エリックは正門をくぐり抜け、そこから見える景色を見上げながら、そう、感慨深く思っていた。


 だが、教会騎士たちを始末するための戦いがあった後のことだ。

 城内には、その戦いの痕跡が、まだ生々しく残されていた。


 あちこちに、教会騎士たちの死体が転がっている。

 それは、城壁の上から突き落とされたり、背後から串刺しにされたり、斧や棍棒で鎧の上から叩き殺されたりと、凄惨せいさんな死にざまだった。


 教会騎士たちは自身の身体から流れ出た血だまりの中に沈み、かがり火によって照らし出されたその血だまりからは、まだ、湯気が立ち上っているようだった。

 濃厚な、血なまぐさい臭いが辺りを漂っている。


 元々、城内の人々から教会騎士たちはこころよく思われてはいなかったようだった。

 彼らは[聖母に近い位置にいるエリート]という自意識があり、聖母を信仰する教会に所属していない者たちに対しては、尊大に振る舞うことが多い。

 きっと、教会騎士たちは、デューク伯爵という主を失ったこの城を、我が物顔で使い、そこにいた使用人や兵士たちをあごで使っていたのだろう。


 兵士たちは教会騎士たちに反感を抱きながらも表面的には素直に従っていたから、教会騎士たちは兵士たちが自分たちを裏切るとは少しも考えてはいない様子だった。

 突然裏切られた彼らの多くは、驚愕きょうがくに目を見開きながら、死んでいた。


 エリックは正直、「いい気味だ」と思ったが、彼らの悲惨な運命をあわれむ気持ちも生まれてくるほどだった。


 だが、これは、エリックにとっては、ほんの手始めに過ぎない。


 聖母を倒し、この世界を、聖母の支配から解放する。

 エリックをだまして裏切り、使い捨てにしようとした者たちに、ふさわしい裁きを与える。


 エリックの戦いは、今、ようやくその、エリックが望む結末に向かって動き出したのだ。


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