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・第189話:「師匠と弟子:2」

・第189話:「師匠と弟子:2」


 お互いにツヴァイハンダ―をかまえた、エリックとガルヴィン。

 かつての師弟は、今、本物の刃のついた剣を手に、対峙たいじしている。


 エリックは、自分の呼吸が苦しくなるのを感じた。

 自然と、ツヴァイハンダ―を握るエリックの手には汗がにじんだ。


 ガルヴィンは、エリックにとっての師匠だった。

 なんどもなんども、エリックはガルヴィンに打ち倒され、鍛えられてきた。

 そのころの記憶が昨日のことのように思い出され、そして、エリックに重圧となってのしかかって来る。


 ガルヴィンとの修行の日々。

 それは、エリックにとって、敗北の日々だったからだ。


 エリックは、最初はデューク伯爵の跡継ぎとして、そして、魔王軍による人類への攻撃が強まると、人々を守るために戦うために、ガルヴィンの剣の鍛錬を熱心に受けていた。

 1日に何千回、万に及ぶほど、訓練用に作られた実戦用のものよりも重いツヴァイハンダ―で素振りをし、それをずいぶんと長い間、続けた。


 そうして基礎体力を身に着けたエリックは、やがて、ガルヴィンと模擬戦を行うようになり、実戦的な戦い方を身体に叩きこまれたのだ。


 ほとんど、勝てた記憶がない。

 元々、人類社会の中でも有数の実力を誇るガルヴィンが相手であるから、経験の浅いエリックには勝ち目はなかったのは当然なのだが、それでも、その数々の敗北の記憶は、エリックにガルヴィンという師匠の力強さを強く刻みつけている。


 勝てる気が、しないのだ。

 成長したエリックはもはや子供ではなく、背丈もガルヴィンを追い越してしまったが、それでも、エリックにとってガルヴィンは、あまりにも大きく、分厚い[壁]だった。


 今も、目の前にいるガルヴィンの姿が、エリックには異様に大きく見えてしまっている。

 ガルヴィンの全身からは獰猛どうもうな戦士の闘気が形となってにじんでいるように思え、どんな攻撃をしかけても見切られてしまうのではないかと、そんな不安をエリックに抱かせる。


 それに、ガルヴィンのかまえには、隙がない。

 いつでもツヴァイハンダ―を振り下ろせるように上段にかまえたガルヴィンは、カッと目を見開いてエリックのことを見すえており、エリックがなにか動きを見せようものなら、即座に反応して対処できる態勢を整えている。


 ガルヴィンは、エリックがしかけて来るのを待っていた。

 たとえ先手を取られたとしても、そこからカウンターをしかけ、エリックを倒す自信が、ガルヴィンにはあるからだ。


 だが、エリックは、自分から先に動いた。


「あぁぁぁぁぁあっ!! 」


 雄叫びをあげ、振り上げたツヴァイハンダ―を、まっすぐにガルヴィンの兜にめがけて振り下ろす。


 ガルヴィンがこちらの動きを待っていることはわかっていたが、しかし、この勝負をしかけたのは、そもそもエリックだ。

 そしてエリックは、ガルヴィンに、自分が成長したのだということを示したかった。


 そんな自分が、ガルヴィンを前に身動きできなくなってしまう。

 そんな情けない姿を、エリックはガルヴィンにも、周囲にいる人々にも、絶対に見せたくはなかったのだ。


 エリックの振るうツヴァイハンダ―は鋭く空気を斬り裂き、勢いよくガルヴィンへと振り下ろされたが、やはり、ガルヴィンはそれを待っていたとばかりに受け流した。

 剣のつばでエリックの剣を受け止め、横にそらして打ち払うと、ガルヴィンはそのまま間髪を入れずに、エリックの顔面をめがけて剣を振り下ろした。


 鍛え抜かれた筋肉のパワーによって豪快に振り下ろされる一撃。

 兜を身につけていないエリックがまともにそれを食らったら、たとえ刃のついていない偽物の剣であっても、頭蓋を叩き割られ、脳をまき散らすことになるだろう。


(相変わらず、手加減がないっ! )


 エリックはそのガルヴィンの一撃を、身体を横に素早く移動させることで回避した。

 そして、ツヴァイハンダ―をかまえなおしながら、ガルヴィンのこの容赦ようしゃのなさをおそろしく、そしてなつかしく感じていた。


 ガルヴィンは、決して、エリックを殺そうとしているわけではない。

 「貴様が本物の若様であるというのなら、これくらい、かわしてみせろ」と、その一撃によってエリックに言ってきているのだ。


 そうなるだろうということを、エリックも予想していた。

 だから、最初に剣を振り下ろした時、すぐに回避行動に入れるように態勢を整えていた。


 ガルヴィンの攻撃をかわすことはさほど難しくはなかったのだが、やはり、ガルヴィンが全力で振るう剣の迫力には、エリックは圧倒されてしまいそうになる。

 額から冷や汗が伝い、エリックのあごからたれていった。


「キェェェェェェェェェッ! 」


エリックがかまえをとりなおし終わるころには、ガルヴィンはすでに次の攻撃の態勢をとっていた。

 そしてガルヴィンはそう奇声を発し、両手でかまえたツヴァイハンダ―を、まるで槍のようにエリックに向かって突き入れてくる。


 ツヴァイハンダ―は、一般的な兵士たちが用いているロングソードの、およそ2倍もの重量を誇る剣だ。

 そして、それだけ長大なツヴァイハンダ―の使い方は、単に斬るだけではない。

 ガルヴィンのように両手で握って、上段から、あるいは下段から槍のように突き入れることもあるし、ガントレットさえ身に着けていれば柄ではなく剣の切っ先の方をにぎり、棍棒のように振り回して使うことだってできる。


 熟練した戦士が用いれば、ツヴァイハンダ―は変幻自在の戦い方ができる、恐ろしい武器だった。


 そして、ガルヴィンの刺突は、熾烈しれつなことで知られている。

 なにしろガルヴィンは、この技で多くの相手を突き伏せ、サエウム・テラにその人ありという評判を勝ち得たのだから。


 エリックは、剣の切っ先ではなく、ガルヴィンの動きに集中した。

 激しい刺突を受ければ剣の切っ先に意識が向くのは自然なことだったが、剣の切っ先よりも、その剣をあやつっているガルヴィンの動きを見極める方が、対処するためにほんの少しだけだが多くの余裕が生まれるからだ。


 人間は、なにか動きを見せる時、ほぼ必ず、[予備動作]というものを見せる。

 ジャンプするときは一度足を屈伸させて勢いをつけるように、剣を振るう時にも、その直前に予備動作がある。


 それさえ見ていれば、いつ、どんな攻撃をガルヴィンがしかけて来るのかは、判断がつく。

 どんなにガルヴィンの攻撃が鋭くとも、受け止められる。


 それは、エリックが、ガルヴィンから厳しい訓練を受ける中で教え込まれた、戦士としての心得だった。


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