・第19話:「目覚め:2」
・第19話:「目覚め:2」
「なっ、なんだッ!? だっ、誰なんだ!? 」
エリックは、突然心の中で聞こえた声に驚き、戸惑ったようにそう叫び、慌てて周囲を見渡した。
そこにはやはり、生命は感じられない。
あるのは、絶望と苦痛に歪んだ表情をその顔に張りつけたまま死んでいる、無数の遺体だけだった。
それに、そもそも、エリックが感じ取ったのは、音として耳に届いた声ではなかった。
なんというか、魔術師たちが長距離での意思疎通や、声を使いたくない状況で用いる、テレパシーのような感覚の、頭の中で直接響く声だった。
(ククク……。探しても、無駄であるぞ? なぜなら、我は、汝の内にあるからだ)
そしてその声は、戸惑っているエリックを面白がっているようにそう言った。
どうやら、本当にその声はエリックにテレパシーで話しかけているようだった。
(いや……、違う。……オレの、中にいる? )
だが、エリックはその声の言葉に引っかかりを覚えた。
(左様。……我は、汝の内側にいる。我は、汝の肉体に、汝と共に宿っている)
エリックが、なにも声に出してはいないのに。
その声はエリックの思考をまるで読み取ったかのようにそう言ってくる。
「な、なんだっ!? お、お前は、誰なんだ!? 」
エリックは戸惑い、思わずそう叫んでいた。
だが、すぐに彼は咳き込み、立っていることができずその場に倒れこんでしまう。
どういうわけかエリックは蘇ったものの、その身体を剣に貫かれ、谷底へと蹴り落されたダメージが色濃く残っているようだった。
(慌てるな。ゆっくりと、息をせよ。傷は癒えてはおらぬが、落ち着いて呼吸をすれば、楽になる。身体も今の状態に慣れてこよう)
エリックが、頭の中に直接響く声にうながされるまま、ゆっくり、静かに呼吸をくり返すと、少しずつ痛みが治まり、状況が落ち着いて来た。
そしてその間にエリックは、その、頭の中に響く謎の声に、聞き覚えがあることに気がついていた。
そんな、バカな。
エリックはそう否定しようとしたが、しかし、そのエリックの思考を読み取り、声は先手を打つようにはっきりと明言する。
(勇者よ。汝の予想は、当たっておる。……我が名は、サウラ。魔の軍勢を率い、聖母とその眷属である人に、災いをもたらした者である)
エリックは、信じられなかった。
いや、信じたくはなかった。
魔王、サウラ。
その強大な存在は、間違いなく、エリックが彼自身の手で操る聖剣によって、打ち倒したはずだった。
だが、倒したはずの魔王が、そこにいる。
それも、エリックの内側に、身体の中に存在している。
「ふざ……っ、ける……っ、な……っ!! 」
エリックは、再び息苦しさを感じ始めながらも、こらえきれず、あえぎながら叫んでいた。
「お前は……! 倒した、はずだ……! この、オレの手で! バーニーがお前を拘束し! リディアがお前を貫き! オレが、首を落とした……っ! そうだろう!!? 」
(左様。我は、汝ら、人間の手によって討ち取られた)
「ならば、なぜ、ここにいる!? ……オレの、中にいる……!? 」
そう叫び、エリックは再び咳き込む。
(落ち着いて呼吸をせよと、そう言ったであろう? )
「うる……さい! オレから……、オレの中、から……、出て、行け! 」
咳き込み、ゼー、ハー、と荒い呼吸をくり返しながらも叫ぶエリックに、魔王・サウラは呆れた様子でため息をついていた。
(ならば、良いことを教えてやろう)
それからサウラは、楽しそうな口ぶりでエリックに言う。
(我は、汝の内側……。同じ肉体にいる。だが、我は、肉体の主導権は得ていない。汝が身体を動かし、その苦しみを受けているのは、汝がまだ、この肉体の所有者であるからだ)
「そうだ……! これは、オレの、身体、だ……! お前、は……、出ていけ! 」
(あいにく、それは難しいな。……このまま待っていれば、いずれは、この肉体は、我のモノとなるのだからな)
「なっ……、なにっ!? 」
エリックは驚き、また咳き込んでから、これ以上興奮して余計に苦しまないよう、必死に心を落ち着けた。
「それは……、どういう、意味だ……」
(簡単なことだ。……勇者よ。汝が消え去れば、自然に、残された肉体の所有権は我に移るということ)
エリックの問いかけに、サウラは答える。
(だから、せいぜい、気をつけることだ。……汝がもう一度死に、その魂と肉体との結びつきが弱まれば、この肉体の主導権はわが手に帰することになるのだからな)
「そんな……、ウソだっ!! 」
エリックは思わず叫び、必死に、サウラが言った言葉を否定しようとする。
だが、エリックがどんなに否定しようと、サウラは彼の内側にいたし、エリックが息絶えてその身体の主導権を明け渡すことを、悠然と待ち構えていた。
エリックは、まだ湿り気を帯びている谷底の土をつかみ、握りしめながら、なぜ、こんなことになっているのかと、自分の置かれてしまった状況を嘆くことしかできなかった。