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・第188話:「師匠と弟子:1」

・第188話:「師匠と弟子:1」


「騎士・ガルヴィン!


 オレと、勝負してくれ! 」


 反乱軍の隊列の中から前に出たエリックは、エリックを狙って弓をかまえようとする兵士たちに向かって、そう声を張りあげていた。


 すると、兵士たちは弓をかまえるのをやめ、互いの顔を見合わせる。

 彼らにとっては突如攻め込んできた謎の集団の中から、よく見知った、デューク伯爵の息子であるエリックが進み出て来たことに気づいたからだ。


「騎士・ガルヴィン!


 手合わせをしてくれ! 」


 エリックは兵士たちの戸惑う様子と、おそらくは教会騎士たちが「なにをしている、アイツを射殺せ! 」と何度も命じている様子を見上げながら、くりかえし、ガルヴィンの名を呼んだ。


「ガルヴィン!


 オレに、チャンスをくれ! 」


 そうして、エリックが数回、ガルヴィンの名前を呼んだ時。

 固く閉じられていた城門が、ゆっくりと、人間が1人やっと通れるだけわずかに開かれた。


 エリックの呼びかけを、固唾を飲んで見守っていたケヴィンやセリスたち反乱軍も、城壁の上の教会騎士も兵士たちも、薄く開いた城門から1人の騎士が進み出ていく様を目にして、小さくどよめいた。


 重厚な、全身鎧を身に着けた騎士だった。

 しかしその鎧は、馬上で使うためのものではなく、徒歩戦のために改良された全身鎧で、蝶番ちょうつがいで可動部分を増やすなど、随所ずいしょに歩兵として戦いやすいように工夫がなされている。

 そしてその背中には、長大な両手剣であり、熟練者でなければ扱いの難しい武器である、ツヴァイハンダ―が背負われていた。


(ガルヴィン……)


 エリックは、のっしのっしと、力強く地面を踏みしめ、カチャカチャと鎧を鳴らしながらこちらへと進んで来るその騎士の姿を目にして、喜びと、緊張をその顔に浮かべていた。


 見間違えようもない。

 その、小柄な体格だが、誰よりも力強い印象を見るものに与える騎士は、ガルヴィンで間違いなかった。


「我が名は、騎士・ガルヴィン!


 今は亡きデューク伯爵の最良の騎士にして、この地の守護者である! 」


 やがて、エリックから数歩の距離、ツヴァイハンダ―の間合いの外で停止したガルヴィンは、兜の面頬を跳ね上げると、おそらくは城館はおろか、城下町中にも響き渡るような大声でそう名乗りをあげた。


 エリックは、緊張から額を伝って落ちてきた冷や汗をそででぬぐうと、馬から降り、ガルヴィンと正面から対峙した。

それから、自身の背後に背負って来た聖剣を引き抜くと、それをそのまま、地面へと突き刺してしまう。


 代わりにエリックが手にしたのは、今まで馬にさやごとくくりつけて運んできた、ツヴァイハンダ―だった。


 鍛冶の名人たちとして知られるドワーフ族が鍛えた逸品だったが、そのツヴァイハンダ―には、なんの魔法の力も与えられてはいない。

 できはいいが、[普通の剣]だった。


「ガルヴィン!

 オレは、聖剣も、勇者の力も、魔王としての力も、使わない!


 対等な条件で、正々堂々、全力で、相手をさせてもらう! 」


 その、普通のツヴァイハンダ―をかまえたエリックは、ガルヴィンに向かってそう言い、これが、対等な条件での真剣勝負であることを宣言した。


 聖女・リディアからエリックへとたくされた聖剣も、形状としては、ツヴァイハンダ―だ。

 だが、そこには強大な魔法の力が込められており、聖剣を使って戦ったのでは、エリックはガルヴィンに対して著しく有利になってしまう。


 エリックがこれから挑む一騎打ちは、決して、勝つ必要のない勝負だった。

 ただ、エリックが、エリックであるということをガルヴィンに伝えることさえできれば、それでいいのだ。


 だから、今のエリックには、聖剣の力も、勇者の力も、魔王の力も、不要だった。

 エリックは、自身がガルヴィンから学んだことを、そして、ガルヴィンの下を、故郷を離れ、長く苦しい旅をする中でどんなことを身に着けて来たかを、ガルヴィンに示したかった。


 エリックは、ガルヴィンとまったく同じ条件で、戦いたかった。

 そうすることが、ガルヴィンにエリックが本物であると認めてもらうための近道であるはずだったし、なにより、エリックはガルヴィンに、自分がどれだけ成長したのかを見せたかった。


「その意気や、よしッ!!


 この勝負、我が名誉にかけて、正々堂々、尋常じんじょうにお受けいたす! 」


 エリックがツヴァイハンダ―をかまえるのを見ると、ガルヴィンはニヤリ、と不敵に笑い、自身もそう宣言すると、背中のツヴァイハンダ―を引き抜いてかまえてみせる。


 その動きは、重厚な全身鎧を身に着けているというのに、その重さや固さを感じさせない、素早く、しなやかなものだ。

 それは、日ごろから鍛錬たんれんに一切手を抜かずに自身の肉体を鍛え上げ、鎧を身に着けた状態での動きを訓練し続けたガルヴィンにしかできない、最上の騎士としての仕草だった。


 ガルヴィンは、すでに老齢に達した人物だ。

 鍛錬の手を抜いていないとはいえ、その体力のピークはとうに過ぎ去っており、全盛期ほどの実力はないはずだった。


 だが、まるで、勝てるような気がしない。


 エリックはいつの間にかガルヴィンの身長を追い越し、立派な青年へと成長していたが、それでも、今でもガルヴィンを追い越せたとは思えなかった。


 ガルヴィンは、人間としては小柄な人物だ。

 しかし、その背後には、ガルヴィンの闘気がまるでそこに具現化されてあふれ出しているように、エリックには見えている。


 その重圧に押されて、エリックは、自由に動けない。


 師匠と、弟子。

 今、2人の1対1での[話し合い]が、始まった。


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