・第186話:「夜襲:1」
・第186話:「夜襲:1」
反乱軍がエリックの故郷を奪還するための準備を整え終えたのは、エリックがガルヴィンと一騎打ちの約束をかわしたその翌日の、夜だった。
反乱軍が集められているのは、デューク伯爵の城館と城下町がある場所から少し離れた、森の中だ。
攻撃をなるべく奇襲とし、できるだけ少ない被害で人々を解放するために、反乱軍は教会騎士たちに見つからないよう、ひそかに準備を進めてきた。
計画は、単純だ。
夜陰に乗じて反乱軍は急速に進撃し、まず、城下町の外にある教会騎士の野営地を襲撃し、そこで休んでいる教会騎士たちに防戦の時間を与えずに撃破する。
そして、エリックに率いられた騎兵部隊が城下町へと突入し、一気に城館まで攻めよせ、ガルヴィンを味方につけて城館を教会騎士たちの占領から解放する。
「ホントウニ、コンナサクセンデ、ウマクイクノカ? 」
エリックに言われた通りに準備を整えたものの、残党軍の幹部、リザードマンのラガルトは、作戦について不安そうだった。
「敵は、少ないと聞いている。
後は、エリック殿の言うとおり、ガルヴィンという人間の騎士が、こちらについてくれるかどうかだけ、だ」
そんなラガルトに、馬上のケヴィンは無表情にそう言った。
「シカシ、ケヴィン。
スクナイト、イッテモ、チカラゼメニデキルホドデハ、ナイ。
エリックドノガ、シッパイシタラ、ドウナル? 」
「失敗はせんさ」
ラガルトはなおも不安そうだったが、ケヴィンはやはり無表情にそう言うだけだった。
「ラガルト、その辺にしておきなさいな」
まだなにかを言いたそうに口を開いたラガルトをそう言って制止したのは、残党軍のエルフの魔術師、アヌルスだった。
「あんまり、ケヴィンを困らせないでよ。
それに、エリックのこと、信じるって決めたでしょう?
セリスも信用できるって言っているし、今さら、ここでとやかく言っても、いいことなんてなにもないわよ」
「ソレハ、ソウダガ……」
アヌルスに半ば叱られるように言われたラガルトは、バツが悪そうに自身の鼻の頭をかいた。
実を言うと、ラガルトにだって、わかっているのだ。
ケヴィンは大丈夫だと言っているが、内心では、不安に感じているということを。
ケヴィンの無表情は、そんな内心を表に出してしまって、彼の指揮下にいる者たちに不安を抱かせないようにという配慮からのものだった。
長いつき合いだからそんなことはラガルトも知っているのだが、それでもくどくどとたずねていたのは、それだけ不安が強いからだった。
誰かに、どんな形でもいいから保証をしてもらえなければ、歴戦の戦士であるラガルトでさえ、今回の作戦がうまくいくと信じることができないのだ。
なにせ、すべてが、エリックがガルヴィンという人物を味方につけられるかどうかにかかっている。
事前に約束をとりつけているというのならいいのだが、今回は、これから説得をしなければならないというのだ。
そんな不確定要素を中心にすえた作戦など、誰だって、不安になってしまうだろう。
「……私だって、本音を言えば、心配でたまらない。
でも、セリスは、エリックのことを信じているみたいよ」
浮かない顔をしているラガルトの様子を見て小さく溜息をついたアヌルスは、その、冷ややかな印象のする双眸で、少し離れたところで馬にまたがり、エリックの近くで作戦開始の合図を待っているセリスの後姿を見つめる。
「まったく、エルフが、人間のことを[信じる]だなんて。
あれだけ人間のことを嫌っていたはずなのに、ずいぶんな変わりようね」
身体の前で自身の両腕を組んだアヌルスは、呆れたように、そして、少しおもしろがっているようにそう言って、肩をすくめてみせる。
「ちょっと、ケヴィン?
あの子を、エリックと一緒に行動させ過ぎたんじゃないかしら? 」
「そうだとしても、だ。
セリスの考えに変化があったというのなら、その変化をもたらすのに足るだけのものを見て、感じてきたはずだ。
このオレから見ても、エリック殿は、よくやっている。
最初はただ、自分の復讐のためだけに戦っていて、我々とも、互いに利用しあうだけの関係だった。
しかし、今のエリック殿は、我々も、そして人間をも、この世界を聖母の手から救うために戦い、その中で、自分の使命を果たそうとしている。
自らにのしかかる責任を立派に果たそうとしている者を、できる限り支えたいと思ったとしても、不思議なことではないし、兄として、それを邪魔するわけにはいかないだろう」
それからアヌルスが流し目でケヴィンの方を睨みつけると、ケヴィンは、今度は特に自身の感情を隠す必要もないと思ったのか、複雑そうな表情でそう答えた。
建前としては、セリスの変化を受け入れてやりたい。
しかし、本心では、それを認めたくないと思っているような様子だった。
「ふぅん?
意外と、理解があるのね。
てっきり、そういうことには興味のない、朴念仁かと思っていたわ」
すると、アヌルスは少しだけ唇を尖らせ、声を少しだけ尖らせて、ケヴィンにそう言ってそっぽを向いてしまった。
「ボクネン……ジン?
ケヴィンハ、エルフダロウ? アヌルス」
「そういう意味じゃないのよ、ラガルト」
言葉の意味を知らなかったのか、ラガルトがボクネン人という種族があるのかと勘違いしてたずねると、アヌルスは呆れたように手を振って、もうおだまりなさいと身振りで示してくる。
ラガルトはきょとんとした様子で数回まばたきをしていたが、やがて、居心地が悪そうな様子で自身の鼻の頭をかいた。
「始まるぞ」
その時、ケヴィンが少し緊張したような声でそう言う。
その視線の先では、馬にまたがったエリックが剣を抜き放ち、夜空に高く掲げていた。
「全員、オレに、ついて来い! 」
そしてそのエリックの声とともに、反乱軍による夜襲が開始された。