・第185話:「一騎打ち」
・第185話:「一騎打ち」
「若様と、1対1で、戦う? 」
唐突なエリックの申し出に、ガルヴィンはその意図がわからないといったふうな、きょとんとした顔でエリックのことを見つめていた。
「ワシは、かまいませんが。
しかし、いったいどこで?
今は夜ですし、なにより、この城館には、教会騎士たちもおります。
教会騎士たちがいるからこそ、若様も、こっそりとワシに会いに来たのじゃろう? 」
「なにも、今すぐに、ここで戦おうっていうことじゃないよ、ガルヴィン」
ガルヴィンの問いかけにうなずき返すと、エリックは、なにをするつもりなのかを話し始める。
「オレは、いつとは言えないけど、近いうちにこの城館を攻撃しようと思う。
もちろん、ガルヴィンたち、父さんに仕えてくれていた人々や、領民たちを傷つけ、苦しめるためじゃない。
みんなを、教会騎士たちから解放するためだ。
オレは必ず聖母を倒して、この世界を、人類を、奴の支配から解放しようと思っている。
その最初に、父さんの領民たちを、故郷のみんなを、助けたいんだ。
だから攻撃は、教会騎士たちの駐屯地を中心に行って、街の中は少数の精鋭だけで突破し、この城館に来ようと思う。
今度は、正面から、堂々と。
ガルヴィン。
その時に、オレが城門の外から、一騎打ちを申し込む。
その一騎打ちに、応じて欲しい。
そして、オレと実際に戦って、オレが本物か、それとも魔王が成りすましているだけなのかを、見定めて欲しい」
そのエリックの願いに、ガルヴィンは「ふぅむ」とうなったきり、悩ましそうに自身の口ひげを指でもみながら、考え込んでしまう。
「して、若様。
もし、ワシが若様を本物だと認めた場合は、なにをせよとおおせですかな? 」
「その時は、ガルヴィン。
この城館の内側から教会騎士たちを攻撃するよう、兵士たちに命じて欲しい。
そうすれば、城館の人々はほとんど傷つけずに、街の人々にもほとんど被害を出さずに、この街を、父さんの領地を奪還することができると思う。
街の外にある教会騎士たちの駐屯地は、一応、守りを固めてあるが、さほど堅固な陣地じゃない。
今のオレたちなら、自力で陥落させることも難しくはないはずだ」
「ほほぅ?
それで、若様。
もし、ワシが若様を本物ではないと判断した場合は、いかがなさるおつもりで? 」
「その時は……。
この首を取るなり、なんなり、ガルヴィンのしたいようにすればいい」
「ちょっ、エリック!? 」
その言葉に慌てたのは、セリスだった。
彼女は今まで「自分の出番ではない」と黙って話し合いを聞いていたが、さすがに血相を変えて驚きの声をあげていた。
「大丈夫だ、セリス。
真剣に戦ってみれば、きっと、オレが本物のエリックだって、ガルヴィンはちゃんと見抜いてくれるさ。
オレは、オレ自身として、ガルヴィンと戦う。
その時、オレは、勇者の力も、魔王の力も、なにも使わない。
オレ自身の力だけで戦うと、そう約束する」
しかし、そんなセリスを振り返ったエリックは、自信ありげな笑みを浮かべていた。
「くく……っ、ぷっ、ハハハハハハッ!
なるほど、確かに、ワシにはそれが一番、わかりやすいですな! 」
その一方で、ガルヴィンは吹き出すように笑いだし、それから、エリックの方を真剣な、戦いを前にした剣士としての獰猛さも加わった表情で見つめると、ぱしん、と自身の膝を手で叩いた。
「いいでしょう、若様。
その話、のりましょう! 」
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ガルヴィンは、エリックのことを信用してくれたわけではなかった。
しかし、エリックにチャンスを与えてくれた。
もし、エリックが本物であれば、ガルヴィンはデューク伯爵に仕えていた兵士たちを率いて、城館の内部から教会騎士たちを攻撃する。
反対に、エリックを偽物だと判断すれば、ガルヴィンはその場でエリックの首を取ろうと、死力をつくして戦う。
「ねぇ、エリック。
あんな約束をしてしまって、本当に、よかったの? 」
ガルヴィンと一騎打ちの約束をし、無事に、城館から抜け出した後。
味方の軍勢が待っている場所まで帰る道すがら、エリックと馬を並べて進んでいたセリスが、そう言って、不安そうな顔でエリックの顔をのぞき込んだ。
「あの、ガルヴィンっていう人間、相当な手練れだった。
勇者の力も、魔王様の力も使わないのに、本当に、勝てるの? 」
自分自身、もう少しで殺されてしまうところだった。
ガルヴィンの騎士としての力量を直接知っているから、セリスは不安なのだろう。
「大丈夫だ、セリス。
絶対に、ガルヴィンは気づいてくれる。
100の言葉で伝えるよりも、1回、剣を合わせれば、わかる。
それが、ガルヴィンという人なんだ。
それに、必ずしも、オレは勝つ必要なんてないんだ。
ガルヴィンに、オレが、エリックだということを納得してもらえさえすればいいんだ」
エリックは、セリスの不安を解消するためだけではなく、本心からそう信じているような様子で、そう断言する。
「……わかった。
とりあえずは、あなたを、信じてみることにする」
それで、すべての不安が消えたわけではない。
しかしセリスは、そう言って、エリックにうなずいてみせていた。