・第181話:「騎士・ガルヴィン:1」
・第181話:「騎士・ガルヴィン:1」
エリックの故郷は、やはり、教会騎士たちによって占領されたままだった。
占領されただけなら、まだ、いい。
そこは、残党軍の野営地を攻撃するための根拠地とされていたようで、城下町の外にも教会騎士たちの駐屯地が作られ、外周を丸太の柵と先端を尖らせた木の杭で囲んだ、簡易的な陣地が作られていた。
そこに、十分な数の兵力が展開しているとしたら、かなり厄介だった。
たとえ城館を奪取できたとしても、城下町とその外側の駐屯地にいる教会騎士たちを攻めきれなければ、この地域一帯を聖母の手から解放し、魔法学院と合わせて解放区とするという目的を達成することはできない。
エリックの手元に、精強な軍隊があればなんの問題もない。
教会騎士たちが数千人もいようと、その駐屯地ごと包囲して、殲滅することができるだろう。
だが、エリックの手元には、聖母に対する反抗心から立ち上がったものの、内部分裂の可能性を秘めたままの、貧弱な軍隊しかないのだ。
エリックはまず、故郷の状況を明らかにするため、反乱軍をかなり手前で止め、セリスたち残党軍の偵察兵ら数名と一緒に、少人数で前に出た。
教会騎士たちがどれほど残っているのか、そして、エリックが頼ろうと考えている相手がどこにいるのかを探るためだった。
エリックが、これから説得をしようと考えている人物。
それは、デューク伯爵の下で騎士として仕えており、実質的に軍事指揮官として、デューク伯爵の配下になっていた兵士たちを統率していた、ガルヴィンという人物だった。
ガルヴィンは、初老の、白髪の多くなった老騎士だった。
すでにその頭髪の天頂部分は大きく禿げ上がっているが、立派な口ひげをたくわえている、いつもしかめっ面の気難しそうな人物だ。
その体格は小柄だが筋肉がたくましく、兵士たちの間からは[筋肉達磨]などと呼ばれている。
エリックにとっては、剣術の師匠であり、伯父さんのような存在だった。
若いころはデューク伯爵の護衛だったらしく、よく、デューク伯爵がまだ子供だった頃の話を聞かせてくれたことを、エリックはよく覚えている。
その、厳しい剣術の修業のことも、鮮明に思い出すことができる。
ガルヴィンは優れた騎士で、その剣術の腕前はデューク伯爵の領地で一番であっただけではなく、人類の中でも上位に食い込むほどのレベルにあった。
身長で平均よりも劣るガルヴィンは、その鍛えあげた肉体でツヴァイハンダ―を使いこなし、自分よりも体格で勝る戦死にも果敢に挑み、そして、数々の勝利を手にしてきた。
かつて聖都で開かれた剣術大会では、決勝トーナメントまで残り、サエウム・テラで5番目に強い騎士として名を残してもいる。
体格の不利を克服して、一流の騎士にまでなった。
そんな自負を持っているガルヴィンは、頑固で、かつ、自分にも他人にも厳しかった。
他人よりも体格という不利があるにもかかわらず、一流の騎士にだってなれるのだから、お前にも同じことができるはずだと、ガルヴィンは声を大にして主張してくるのだ。
ガルヴィンは修行の時以外は優しいこともあり、エリックはそんなガルヴィンのことが好きだったが、剣術の教練をしている時のガルヴィンは好きではなかった。
手のマメが潰れて血まみれになっても、ガルヴィンは手加減などしてくれず、受け止めるだけで全身が痺れるような強烈な一撃を浴びせて来たからだ。
だが、エリックは、今ではガルヴィンのその厳しさに感謝していた。
なぜなら、そのガルヴィンの厳しい教練があったからこそ、エリックは勇者として魔王と戦うことができ、そして、聖母たちに裏切られた後も、戦い続けてくることができたからだ。
ガルヴィンは頑固な性格をしているから、説得はきっと、難しいものになるだろう。
しかし、きっと、わかってくれるはずだ。
エリックは、ガルヴィンとの修行の日々を懐かしく思いながら、彼と会って話をするための準備を進めた。
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偵察には、たっぷり、時間をかけた。
エリックの故郷を解放する作戦は、エリック個人の心情としても、そして、出来上がったばかりの反乱軍をまとめあげ、聖母を倒すための力としていくためにも、絶対に失敗できないことだったからだ。
偵察は、外から見るだけではなく、内部からも行った。
魔法学院の門前町で協力を申し出て来てくれた人々の中から、商人だという人を探し出し、その人に依頼して、取引をよそおってデューク伯爵の城下町へと潜入し、偵察をしてもらったのだ。
相手の内部に人を送り込むというのは、単純に情報を探るという目的だけではなく、他にも役割があった。
それは、そこに住む人々に、デューク伯爵が聖母たちによって暗殺されたのだということ、そして、聖母たちが魔法学院で行った蛮行の噂を流し、広めてもらうということだった。
もし、なにも知らない状態で重大なことを伝えても、人々は驚き、戸惑うばかりで、すぐにその事実を受け入れてはくれないだろう。
だが、事前に、なんとなくでもその噂を耳にしていれば、実際にその情報を伝えられた時、「ああ、やっぱり、そうだったのか」と、自然に納得してもらえることがある。
エリックは、故郷を取り戻し、その人々を聖母の支配から解放するだけではなく、聖母を倒すために協力してもらいたかった。
そのための、事前の根回しをやっておく必要があったのだ。
デューク伯爵の死は、唐突なものだった。
あまりに突然のその死だけではなく、直後に、ヘルマンに率いられた教会騎士たちが乗り込んできたせいで、まだ、デューク伯爵の葬儀すら行われていない。
人々はきっと、その真相を知りたがっているはずだった。
ヘルマンたちは、「すべてエリックの仕業である」と吹聴して回っているが、他の人々ならともかく、幼いころからエリックの人柄を知っている故郷の人々はきっと、その、ヘルマンたちのウソに少なからず納得はしていないだろう。
そして、ガルヴィンもきっと、疑問を持っているはずだった。
エリックたちがウワサとして広めた事実が広がり、人々の間で広まって、ガルヴィンの耳にも入ってくれればきっと、頑固なガルヴィンも、少しはエリックの説得を聞いてくれるかもしれない。
勇者だったころのエリックは、とにかく、前に出ることに必死だった。
そうして戦い続けることでしか、人々を導く方法はないと、そう思っていたからだ。
しかし、それだけではいけないと、エリックはたっぷりと学ばされた。
たとえウソであっても、聖母たちはそのウソによって、その支配を長い間、続けてきたのだ。
そんな、狡猾で悪辣な敵を滅ぼすためには、真正面から馬鹿正直に挑んでいくだけではダメだ。
そう気づいたエリックは、幼いころから、このデューク伯爵領を引き継ぐ後継者として叩き込まれて来た英才教育を思い出しながら、城をできるだけ少ない流血によって陥落させる方法を模索し、実行していった。