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・第180話:「再び故郷へ:2」

・第180話:「再び故郷へ:2」


 それは、軍隊と呼ぶにはあまりにもお粗末そまつな集団だった。


 ケヴィンに率いられた魔王軍の残党たちと、人間によって作られた500名の小さな部隊。

 1000名にも満たない、そんな集団は、未だにそのほとんどが聖母の支配下にある人類を、全世界をと言っても過言ではない敵を相手に戦うための戦力としては、あまりにも心もとないものでしかない。


 おまけに、指揮系統も不明瞭なままで、規律も十分に保たれているとは言えなかった。

 全体のリーダーにはエリックがついていることになってはいるが、エリックは勇者として戦ったことはあっても、大勢の人間を指揮して戦った経験はなく、また、エリックの下に入った兵士たちも、エリックの指揮を受けて戦うという訓練は一切、行ったことがない。

 そんな、指揮系統が曖昧な軍隊だったから、兵士たちの規律は緩み、進む隊列も乱れがちだった。


 聖母と戦わなければならない。

 加護を与えると人間たちをだまし、実際には、聖母自身がこの世界に神のような存在として君臨するために利用していただけだったという事実を知った兵士たちはみな、そう決心してこの場にいる。


 だが、やはり、これほど部隊としてまとまりを欠いていると、「こんな状態で、少しでも戦えるのか」と不安になってきてしまう。

 もし、そんな不安が大きくなっていけば、やがて、脱走者や、エリックの指揮下から離れていく者が続出することになるかもしれなかった。


 今はまだその不安は表には出て来てはいない。

 だが、必ず、そうなる。


 特に、これから実行される、エリックの故郷の奪還作戦が失敗に終わろうものなら、この、立ち上がったばかりの聖母に対する反乱軍は、一気に瓦解してしまうだろう。


「エリック殿。

 なにか、策はあるのか?


 正直に言わせてもらうが、こんな部隊では、まともに戦えないぞ。

 まだ、我々、魔王軍の残党軍単独で戦っていた方が、マシだ」


 指揮系統の不明瞭な部隊をなんとか導くために、先頭を馬に乗って進んでいたエリックに、後ろから追いついてきて馬を並べたケヴィンがそう言った。


「我々の方も、やはり、人間への反発心や、憎しみは消えていない。

 今はなんとか抑えているが、なにかきっかけがあれば、一気に不満が噴出して来るぞ。


 そして、おそらく、人間の方も似たような状況だろう。

 我々が人間に対していだくほどの憎しみはもっていないかもしれないが、やはり、人間たちから我々は距離を置かれているように感じる。


 エリック殿、貴殿の故郷の城がどれほどの大きさかは知らないが、こんな集団では、どんな小城だろうと落とすことは難しいぞ」

「ケヴィン殿、それは、オレもよくわかっている」


 エリックに愚痴っているわけでも、偉そうに説教をするわけでもなく、ただ率直に今の自分たちの問題点を指摘してくるケヴィンに、エリックは大きくうなずいてみせると、できるだけ自信ありげな笑みを向けた。


「1つ、考えがあるんだ。


 この出来損ないの軍隊を戦わせなくても、城は落とせると思う」


 ると、ケヴィンはいぶかしむような顔をする。


「貴殿の故郷の城には、なにか、大きな欠陥でもあるのか? 」

「いや、オレの父上の城は、なかなか堅固な守りをしている。

 斜面を切り取って断崖にした丘の上に城館があって、2、300も兵士がいれば10倍以上の敵にも十分に守れるだけの備えがある。


 領地全体としては2000ほどの動員力もあるが、今はきっと、教会騎士たちが我が物顔で占拠しているだろうから、ちょっと、どれだけの兵力がいるかはわからない。

 だが、よほどの大軍でもいない限り、簡単に落とせると思う」

「それで、その、考えとは? 」

「あそこは、元々はオレの家でもあったんだ。

 城館に常駐している兵士たちはほとんど顔見知りだし、その人たちに協力してもらえれば、簡単に教会騎士たちは追い出せるはずだ。


 頼れそうな人がいるんだ。

 少し、いや、だいぶ頑固な人なんだけど、オレの剣術の師匠で、腕は立つし、兵士たちからも慕われている。


 その人さえ説得できれば、きっと、城館の人たちは、オレたちに協力してくれるはずだ」

「……裏切らせるのか? 」


 そのエリックの作戦に、ケヴィンは少し顔をしかめた。

 率直でまっすぐな性格をしているから、たとえ敵であっても、裏切り者を使って城を落とすというのは、あまり好ましくは思えないのだろう。


「……それで本当に城が手に入るというのなら、エリック殿、貴殿にお任せするのがよさそうだ。


 我々にできることがあれば、言ってくれ。

 聖母を倒すためなら、協力は惜しまん」


 だが、ケヴィンも、今はエリックの考えたとおりにすることが一番だとわかってくれたようで、そう言って全面的な協力を申し出てくれた。


「それなら、セリスを、オレに貸してはくれないだろうか? 」

「……我が妹を? 」


 エリックのその申し出に、ケヴィンは一瞬、なにかを警戒するような、険しい顔をする。


「その、頼れる相手に話をつけに行くのに、彼女の力を借りたいんだ。


 彼女とは1度、一緒に城館に潜入しているし、セリスのことは信頼してる。

 だから、今回も、助けてもらえたら嬉しい」

「……なるほど、そういうことか」


 だがエリックの説明を聞くと、すぐに納得したように表情を和らげた。


「そういうことなら、セリスにも伝えておこう。

 エリック殿、どうか、我が妹のこと、よろしく頼む」

「こちらこそ。

 頼りにしています」


 エリックがうなずくと、ケヴィンはすぐに自身の馬をエリックから離し、残党軍の隊列の方へと戻って行った。


 エリックが身体をねじって背後を進んで来る人々を確認すると、そこには、魔法学院を出発した時と変わらない人数の兵士たちが、ぞろぞろとついてきている。


 人間に、魔物、亜人種。

 聖母に支配されて来た長い時の間、こんな光景は決してこの世界にはあらわれなかっただろう。

 人間の兵士たちと、残党軍との間には大きな距離の開きがあり、両者の間にすき間風が吹いているのは明白だったが、それでも、ついしばらく前までは少しも想像できなかった、大きな前進だった。


(これだけの人たちが、オレの味方になってくれた。


 だが、まだ、足りない)


 エリックは視線を前へと戻すと、この軍勢に、自身の故郷の人々も加えるのだと、改めて決意を固めていた。


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