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・第179話:「再び故郷へ:1」

・第179話:「再び故郷へ:1」


 それは、もしかすると、今後の歴史に残されるような、感動的な瞬間だったかもしれない。


 しかしエリックは、聖母を倒そうと口々に言い合い、合唱するようになり、沸き立っている人々を前にしながら、高揚感とともに、苦々しい気持ちを抱えていた。


 人々に対し、命がけの戦いに導いているのだという気持ち。

 そして、そんな人々に対し、すべての真実を明かしていないという、罪悪感。


 加えて、この人々の熱情を喚起かんきするために、エリックたちは小細工をしている。


 最初に、聖母に立ち向かっていくように声をあげた、誰か。

 それは、エリックたちと打ち合わせをし、もし、他に誰も声をあげなかったら、聖母に立ち向かっていくための声をあげるように、事前に取り決めをしていた、いわばスパイのような存在だったのだ。


 そしてそんな打ち合わせをしておいた人は、1人や2人ではない。

 何人もいるのだ。


 聖母を、倒さなければならない。

 それは、エリックにとっては復讐ふくしゅうであり、聖母が犯して来た罪に対する当然の裁きであり、そして、世界を、全人類を解放するための戦いだった。


 その戦いに勝利するためには、ここにいる人々に立ちあがってもらわなければならない。

 それも、絶対に、確実に、だ。

 万が一にも、失敗があってはならなかったのだ。


 だからエリックは、小細工を使った。

 それを提案してきたのは、年長者でありある程度政治的な老獪ろうかいさを持っている魔法学院の学長・レナータだったが、それを受け入れたのは、エリックだった。


 自分も、結局、聖母と大して変わらないのではないか。

 目的のために人々をだまし、戦いへと誘導している、扇動者せんどうしゃに過ぎないのではないか。


 そんな思いが、エリックの心を苦しくしている。


 だが、エリックは、後悔していなかった。

 この、罪悪感のともなう、罪深い行為は、結局は、この世界の人々すべてを救うために、絶対に必要なことだと、そう信じることができるからだ。


 エリックたちは、この日、明かせぬ秘密を、後ろ暗い秘密を共有した。

 エリックたちはみな、共犯者となり、同志となったのだ。


(この罪は、聖母を滅ぼして、必ず、つぐなおう)


 エリックは、聖母との戦いを熱狂的に支持する人々の姿をその目に焼きつけるように見つめながら、そう決意を固めていた。


────────────────────────────────────────


 エリックのげきで、人々は聖母との戦いを決意した。

 そして、今まで敵同士であったはずの魔王軍の残党たちとも協力することを受け入れ、聖母に反抗するために立ちあがった。


 人々からの支持を得たエリックたちは、さっそく、エリックの故郷、デューク伯爵の領地の解放作戦を実施するために、部隊の編成に入った。


 魔法学院を含めると、この場には万単位の人々がいる。

 魔王軍の残党たちと比較すれば、その数は圧倒的で、一気にふくれ上がってしまっている。


 残党軍はケヴィンを長とする組織がすでに出来上がっており、戦力が大きく目減りしてしまっているとはいえ、戦うための集団として機能しているが、しかし、ここにいる人間たちはそうではない。

 街を守るための任務に就いていた兵士たちも大勢いたが、ほとんどの人々は、少し前までは戦うすべを知らない民衆に過ぎなかったのだ。


 いくら、聖母と戦おうという意思があると言っても、今のままでは、烏合うごうの衆に過ぎない。

 それを、戦える集団へと作り変えることが、エリックたちにとってもっとも急ぐべき事柄だった。


 と言っても、今から人々を軍事訓練しているような時間はない。

 だからエリックたちは、ひとまず、人間たちの中から現役の兵士や、兵士として従軍した経験のある人々を集め、その、経験者だけで部隊を編成することになった。


 その数は、せいぜい、1000名ほど。

 バケモノとなった聖騎士たちから人々を守るためにすでに多くの犠牲者が出ていたために、聖母の勢力と比較するとわずかなものでしかなかった。


 しかも、そのすべてを、エリックの故郷を解放する作戦のために連れて行くことはできなかった。

 街はこれから復旧させるために大勢の人出を必要としていたし、エリックたちが不在となる間、この街を守り、また、治安を維持するために、兵士たちは必要だった。


 結局、1000名の兵士たちの内から500人ほどを選ぶことにした。

 それは、大きな戦局にはまったく寄与することのできない、小さな集団に過ぎなかったが、だが、魔王軍の残党軍と、魔法学院の魔術師たちを加えれば、エリックの故郷を解放するだけであれば、なんとかこと足りそうな人数を得ることができた。


 そうして準備が整うと、エリックは、レナータ学長を人々のまとめ役として残し、自身は、他の仲間たちと共に、故郷を解放するべく魔法学院を出発した。


 幸いなことに、今のところ聖母たちがなにか行動を起こしたという報告はない。

 残党軍の野営地を陥落させるために、そしてこの魔法学院で聖騎士の暴走に巻き込まれたために、聖母が直接支配している軍隊である教会騎士団は大きな損害を受けているはずで、動きたくともすぐには動くことができないのかもしれなかった。


 しかし、エリックたちには、やはり時間はない。

 1秒でも早く行動し、聖母たちの反撃に備えなければならないからだ。


 それに、エリックとしては、自身の故郷を聖母の支配下に置き続けていることは、我慢がまんできないことだった。


(エミリア……、みんな!

 必ず、オレが、助けるからなっ! )


 エリックは、自身の故郷へと続く道を馬に乗って進みながら、故郷に残して来た人々の顔を思い浮かべ、不安と焦燥で険しい表情を浮かべながら、進む先をまっすぐに見すえていた。


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