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・第176話:「解放作戦:1」

・第176話:「解放作戦:1」


 エリックたちは、疲れきっていた。

 異形のバケモノへと変異した聖騎士たちとの戦いの疲れも残っていたし、なにより、聖母が犯して来た本当の罪、この世界の裏に隠された真実を受け止めることは、容易なことではなかったからだ。


 それだけではなく、エリックたちは聖母を倒し、聖母による世界の支配を終わらせるという目的を果たすために、人々に[ウソ]までつかなければならない。

 それが、戦いによって生じる犠牲をできるだけ小さなものにするためではあっても、気分は重かった。


 しかし、エリックたちにはまだ、話し合わねばならないことがあった。


 これから、どのように行動するのか。

 それを、できるだけ早く決めておかなければならないのだ。


 すぐに動かなければならない理由は、2つある。

 1つは、魔法学院の周辺からは聖母の勢力を一掃することができており、安全ではあったものの、聖母の側がいつ、エリックたちを攻撃するために新たな軍勢を差し向けてくるかわからないこと。

 もう1つは、現状では協力関係にある人間たちと、残党軍とが、いつまでこの協力関係を続けていられるかわからない、ということだった。


 特に問題なのは、2つめの、人間と残党軍との協力関係がいつまで続くかわからないという点だった。


 人類と魔王軍とは、一千年以上にもわたって延々と戦争を続けてきた関係にある。

 いわば、互いに対立し、争っている関係こそが両方の勢力によって正常なものであり、現在の、なりゆきでできあがった協力関係は異常なものであるのだ。


 聖母の暴虐をその目で見たから、人々は残党軍のことも受け入れている。

 それは、人々を救ったエリックが残党軍と行動を共にしていたからであって、残党軍のことを信頼しているからではないのだ。


 今は惨劇さんげきのショック状態にあるから、誰も、人類と残党軍が同じ場所にいるという状況に疑問を持ってはいない。

 だが、時間が経って落ち着きを取り戻すと、人々はこの状況の異常さに気づき、意識し始めるだろう。


 なにしろ、人間と、魔物と亜人種とは、お互いに殺し合っていたという関係しか知らないのだ。

 聖母がこの世界を支配する以前、この世界の創造主とされる神々がまだ健在であった頃であれば、お互いに友好的に共存するという関係も存在したのかもしれない。


 だが、そんな関係があったことを知っている者は、誰も生きてはいないのだ。

 その当時から生きているのは、おそらくは、不老不死の力を手にした聖母だけだろう。


 人々はきっと、疑心にとらわれ、動揺し始める。

 今まで殺し合いしかしたことのなかった相手と一緒にいることが正しいのかどうか、誰にも断言することができなくなり、互いに互いを信用できなくなり、その動揺はいつしか、内紛を引き起こす。


 そうなれば、聖母を倒すどころではない。

 エリックたちは聖母によってではなく、自ら瓦解がかいし、敗北することになるのだ。


 それを避けるためには、人々がまだショック状態にある内に、[互いに信頼して、共闘できる]という事実を作り、これまでの常識を打ち破る強固な[既成事実]を作り出すべきだった。


「人間と、残党軍。

 一緒に、戦おう。

 そして、互いに協力して戦ったという事実を、互いに信頼できるという根拠を、作ろう。


 そして、できるだけ多くの地域を[解放]して、聖母たちの攻撃に備えるべきだ」


 そのケヴィンの言葉に、誰も異議はないようだった。


 人類と、残党軍。

 対立することしか知らない2つの勢力が、自分たちは協力することもできるのだと気づかせるためには、一緒に同じ敵と戦ったという事実を作り出すことが手っ取り早い。


 これも、やっていることは、聖母と同じではある。

 聖母は人類が自身への信仰を失わぬよう、人類が聖母への信仰を一致して持ち続けるように、その外側に魔物と亜人種たちとによる魔王軍という[敵]を作ったのだ。


 だが、エリックたちと聖母には、大きく異なっている点がある。


 それは、聖母が自らの欲望のために世界を支配したのに対し、エリックたちは、その不当で、非道な支配から世界を解放するという目的のために、それを行うのだ。

 これは、両者の大きな違いだった。


「ワレワレハ、ニンゲンノセカイ、クワシクナイ。

マズハ、ドコヲセメルノガ、イイ? 」


 テーブルの上に人間の住む大陸、サエウム・テラの地図が広げられると、ラガルトがそう言ってエリックたち、人間の方へ視線を向けた。


 軍を指揮して戦うという経験で言えば、おそらくはケヴィンやラガルトがもっとも豊富であるはずだったが、彼らは人間社会の内情には詳しくないから、エリックたちにそうたずねるしかないのだ。


「まずは、オレの故郷を……。


 父上の領地を、奪還するべきだと思う」


 地図を見つめていたエリックは、ラガルトの問いかけに顔をあげると、そう言ってから再び地図の上に視線を落とし、魔法学院の隣にあるデューク伯爵の領地を指さした。


「オレの故郷が、聖母たちに占領されたままでは嫌だっていうのも、もちろんある。

 けど、父上の領地なら、オレのことを知っている人も大勢いるし、父上が聖母たちによって殺されたと知れば、きっと、協力してくれると思う。


 そうすれば味方を増やすことができるし、なにより、聖都から魔法学院まで攻め込むとしたら、父上の領地はその最短ルートを抑える場所にある。


 聖母たちの攻撃を受け止めるのか、それともこっちからしかけていくのか。

 どちらにしろ、オレたちの手でおさえておかなければならない、重要な拠点になるはずだ」

「……決まり、だな」


 そのエリックの説明にケヴィンがうなずくと、それに同意を示すように、ラガルトもうなずいてみせる。


 エリックの故郷を奪還し、魔法学院と合わせて、解放区とする。

 そうすれば多少は兵力を増強できるし、必要な物資も確保できる。

 なにより、聖母たちの攻撃を迎撃するためにも、エリックの故郷は絶好の位置にある。


(……みんな、無事でいてくれるだろうか? )


 エリックは、エリックの故郷を奪還するために具体的にどう兵を動かすかという話し合いを聞きながら、故郷で教会騎士たちの監視下に置かれている人々のことを思い浮かべていた。


 幼いころから、エリックによくしてくれた人々。

 そして、今となっては唯一の肉親である、エミリア。


 エリックはその大切な人々を、聖母たちの支配下からなんとしてでも救い出したかった。


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