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・第175話:「明かせぬ秘密:4」

・第175話:「明かせぬ秘密:4」


 レナータが、人間にどこまで真実を明かすべきかで悩んでいるのは、彼女が実質的に人間側のリーダーとなっているからだった。


 勇者と、魔王。

 2つの相反するはずの存在が融合して誕生した、まだなんと呼べばいいのかわからない存在であるエリックは、人間のリーダーでも、魔物や亜人種たちのリーダーでもない。


 エリックは、そのすべてを束ね、聖母と戦うために導いていかねばならない存在であって、人間のリーダーになることはできないのだ。


 それに、レナータは、この場にいる人間の中ではもっとも年長者であり、社会的に高い地位と信用を持っている。

 人間たちをまとめあげ、聖母の支配を打倒するために戦えるようにできる人間は、レナータ以外にはいない。


「ウソを、つくのですか? 」


 エリックの提案に、レナータは戸惑いといぶかしみの視線を返してくる。


「聖母たちと同じように、我々も、人々にウソをつけ、と? 」

「心苦しいですが、その通りです」


 問いかけにエリックがうなずき返すと、レナータは少しして、小さくため息をついてから言った。


「やはり、それしか、ないでしょうね」


 レナータも、頭ではそうするしかないと、わかっていたのだろう。


 聖母が犯した、2つの大罪。

 このあまりにも衝撃的過ぎる真実を、人々に受け入れられやすい形として、新しい物語として、[ウソ]をつく。


 戦い、命をかける以上は、すべての真実を知り、納得づくであって欲しい。

 そう思ったからこそ、エリックはこの場に仲間たちを集め、真実を明かしたのだ。


 だが、結局エリックは、多くの人々に対しウソをつくべきだと主張している。

 それはエリックの思いとは相反するものであったが、エリックはそうすることを選んだ。


「……あまり、気分のいい話ではないよねぇ……」


 身体の前で両腕を組みながら難しい顔をしていたクラリッサが、その場にいる全員の気分を代弁するようにそう言った。


 人々をだます。

 それでは、聖母たちが行ってきたことを、エリックたちも同じように行うことになる。


 だが、この戦いを、聖母を倒し、この世界を聖母の支配から解放するための戦いを成功させるためには、そうするしかなかった。

 人々に受け入れられやすい新たな物語を作りあげ、それを聖母と戦わなければならない理由として主張することで、できるだけ多くの人々を聖母の支配下から切り離す。


 それは、一言にしてしまうと、やはり、[ウソ]をつくことに他ならなかった。

 しかし、聖母を倒してその支配を終わらせるという目的を果たすために、そして、その過程で生じる犠牲をできるだけ少ないものとするためには、必要なことだった。


 気が進まないことであっても、やらなければならない。

 そうしなければ、より多くの命が失われることになってしまうからだ。


「ケヴィン殿。

 この、[ウソ]をつくるために、できれば、残党軍の方々にも、協力していただきたい」


 エリックがレナータからケヴィンへ視線を移し、そう言って頭を下げると、ケヴィンは険しい表情をエリックへと向けた。


「我々に、なにをさせたいのだ? 」


 人類をだまし、聖母の支配下からできるだけ多く切り離すために、ウソをつく。

 そのために協力できることがあるのならするべきだと、ケヴィンはそう考えている様子だったが、やはり、真っすぐで策略など得意ではないし、そういう後ろ暗いことを嫌っているフシさえあるケヴィンは、エリックたちが作りあげようとしている物語に加担することを内心では喜んでいないのだろう。


「人間は、魔物や亜人種たちのことを、ほとんど知りません。

 聖母の教えのために、これまでなんの交流もしてこなかったからです。


 そこで、ケヴィン殿。

 魔物や亜人種たちの口から、オレたちが作る[物語]を補強するような証言を、して欲しいのです。


 どうして、魔王軍がこれまで、あれほど頑強に、必死に、聖母の支配に抵抗して来たのか。

 人間はその理由について、少しも知りません。


 そこで、あなたたち魔王軍の生き残りの口から、「我々が聖母と戦ってきた理由は、こうだったのだ」と証言があれば、元々あなたたちと交流することのできなかった人間には真実を調べることもできませんし、ある程度の説得力があると思うんです」


 エリックの提案は、要するに、口裏合わせだ。

 この場にいる全員で口裏を合わせ、聖母を倒すためにもっとも効果的な[物語]を作りあげ、人々にウソをつき、聖母たちがしてきたようにだますための片棒をかつげと、そうエリックは言っている。


「……よかろう。


 聖母を倒し、できるだけ、犠牲を少なくするためだ。

 多くの者たちをいつわることは罪に違いないが、その罪によって多くの者の命を救えるというのなら、この手を汚す価値はあるはずだ」


 そのエリックの言葉に、ケヴィンはやや沈黙してから、重々しくうなずいて同意を示してくれた。


 ケヴィンの決定に、セリスも、アヌルスも、ラガルトも異論を唱えない。

 そして、ウソをつくというエリックの提案に、リディアも、クラリッサも、レナータも、同意している様子だった。


 エリックが明かした、聖母たちの本当の罪。

 世界の、真実。


 それは、これから、今日、この場にいた者たちだけで共有される秘密となった。


 エリックの内側にいる魔王・サウラは、なにも言ってはこなかったが、どこか、昔を懐かしんでいる様子だった。

 おそらくは、かつてサウラが真実を明かし、同志として、聖母を倒すために力をつくした仲間たちと、今のエリックたちと同じような会話をしたことがあったのだろう。


 エリックたちはこれから、明かせぬ秘密を抱え、人々にウソをつく。


 すべては、聖母を倒し、その支配を終わらせるためとはいえ、エリックたちもまた、罪人には違いない。

 エリックたちのウソを信じて、これから、少なくない人々が犠牲になっていくのだ。


 ウソをつかなければ、より多くの命が失われる。

 そうわかってはいても、自分たちのウソを信じて倒れていく者たちがいるというのは、罪深いことだと自覚せざるを得なかった。


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