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・第174話:「明かせぬ秘密:3」

・第174話:「明かせぬ秘密:3」


 エリックたちが集まっている一室は、沈黙に包まれていた。


 誰もが、考え込まずにはいられない。


 これまで戦い続けられてきた戦争は、すべて、聖母が仕組んだ茶番でしかなかった。

 人類救済の象徴として人類が信じた勇者も、聖母打倒の象徴として魔王軍が信じた魔王も、すべて、聖母の作り出した[戦争という仕組み]を動かし、成立させるための道具でしかなかったのだ。


 聖母が、悪辣あくらつな存在であることは、この場にいる全員がすでに知っている。

 しかし、これまで2つの陣営に分かれて、あれだけ必死に戦っていた戦争が、すべて聖母の仕組んだ茶番だったという事実は、誰にとってもショックの大きいことだった。


 これまで信じてきたことが、すべてウソだった。

 世界が、ひっくり返ってしまったようなものだ。


 八百長やおちょう、などという言葉では、足らない。

 聖母は自らが[神になりたい]という欲望のために、神々をすべて皆殺しにしただけではなく、残された世界に住むありとあらゆる生命を、もてあそんだのだ。


 そして、人間も、魔物も、亜人種たちも、一千年以上にわたって聖母の手の平の上で踊らされてきた。


 その真実は、あまりにも重い。

 それを明かしてしまえば、多くの人々が呆然自失となり、聖母との戦いどころではなくなってしまうかもしれない、あるいは、これまでのように信念をもって戦い続けることができなくなってしまうかもしれない、それほどに重い秘密が、この世界には隠されていた。


「……いったい、どうやって、これを、人々に話せばいいのでしょうか? 」


 長く沈黙が続いた後、レナータが、実に悩ましいという口調で、深刻そうに暗く沈んだ表情で、そう呟く。


 魔王が、元々は聖母の手先であった。

 その事実をケヴィンたちは、残党軍の人々には明かさないと決めている。


 魔王・サウラは、魔王軍の抵抗の象徴であり、絶滅の危機にさらされている残党軍にとっての、唯一の希望だった。

 そんな存在が、元々は聖母の手先に過ぎず、そして、聖母の作りあげた仕組みを動かすために、魔王軍に参加した人々をだまし続けてきたのだということが知られてしまえば、それで、残党軍は瓦解がかいしてしまう危険がある。

 だから、ケヴィンたちはそのことではもう、悩んではいない。


 悩ましいのは、人間側についてだった。

 魔王の正体については秘密にしなければならないと決まってはいるが、それ以外の部分を、どこまで、そしてどうやって人々に伝えるかで、レナータは悩んでいる様子だった。


 たとえ、それがすべて真実であろうとも。

 人々がそれを信じてくれなければ、それは、[事実]とは認められない。


 人間はこれまで、なん十世代にもわたって、[聖母は神に等しい絶対の存在]として教え込まれて来た。

 太古の時代、なぜ人間が聖母のことを信仰するようになり、魔物や亜人種たちがそれをしなかったのかは、サウラもリディアも生まれていなかった当時のことなので知りようもなかったが、その後、人類が聖母のことをひたすらに信仰し、言われるがまま、魔王軍との戦争を続けてきたのだ。


 今、魔法学院に集まっている人々は、まだいい。

 バケモノに変異し、聖母を信仰している人間にも、それどころか教会騎士たちも無差別に攻撃するという暴虐を実行した聖騎士という存在を目にし、被害を受けた街の人々は、戸惑うだろうがこの真実を受け止めることができるだろう。


 だが、それ以外の人々は?


 聖母の本性を、聖騎士を通じて目にした人々は万を数えるが、その大勢の人々は、人類社会全体で見ればほんの一握りに過ぎないのだ。

 そんな人々に対し、エリックたちが知った真実を明かしても、信じてもらえるとは限らない。


 人間は、それぞれ、判断基準というものを持っている。

 同じ事柄を知った時に、どのように感じるかは、それぞれの人間が持っている判断基準に依存する。


 しかし、[聖母は絶対である]という認識は、全人類にとって、共通の判断基準となっているのだ。


 もし、そんな人々に、いくら真実だからと言って聖母の正体を明かせば、その時、どんなふうに感じるだろうか?


 突拍子とっぴょうしもない、[偽いつわり]であると判断されるのに違いなかった。


 それは、かえって危険を招くことになる。

 エリックたちが[ウソつきだ]と断じた人類は、もう、エリックたちの言葉には耳を貸さず、ただ聖母の言葉だけを信じることになるだろう。

 そうなれば、エリックたちが聖母を倒そうとしても、その前に全人類が立ちはだかるということになりかねなかった。


 いくらエリックが勇者と魔王の力を得ているとはいっても、全人類に敵対されてしまっては、聖母を倒すことができるかどうかわからない。


 そもそも、聖母にだまされていると気づいていないだけの人々を殺戮さつりくしてしまうことが、正しいことだとも思えない。

できるだけ多くの人々を聖母の下から切り離し、味方に取り込んだ方が、聖母を倒すという目的に近づくことができるし、犠牲もずっと少なくできるはずだった。


 そのためには、すべてを明らかにすることはできない。

 人々からの信頼を損なわない範囲にとどめて、人々に聖母の非道をうったえなければならなかった。


そのサジ加減は、難しい。

 あまりに真実を隠してしまうと、かえって人々から「なにかを隠しているのでは? 」と疑念を抱かれてしまうだろうし、馬鹿正直にすべてを話せば、「突拍子とっぴょうしもないウソ」と断じられてしまうことになる。

 そして中途半端になると、聖母の下から人々をうまく切り離すことができず、聖母たちとの戦いは厳しいものとなり、多くの犠牲を生んでしまうことになるのだ。


「レナータ学長。


 こちらも、ウソをつくしかないと、思います」


 深刻そうに悩んでいるレナータに、エリックは、内心の心苦しさを抑えているような険しい表情で、そう言った。


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