・第170話:「世界の仕組み:2」
・第170話:「世界の仕組み:2」
人類と、魔物と亜人種。
この2つの陣営を争わせ、聖母自身が犯した大罪から人間の目を背けさせ、[僕]であり続けさせる。
その、[戦争という仕組み]を作り出すために、聖母は3つの存在を生み出した。
1つは、勇者。
もう1つは、聖女。
そして、魔王。
「戦争をするためには、[敵]が必要だ」
エリックは、その場にいた人々の多くが、理解が追いつかないという戸惑った顔をしているのを見渡しながら、説明を続ける。
「そして[敵]は、自分の支配下にある人々に注意を向けさせ、そして、団結させるためにも役に立つ。
同じ、人間という種族の間にある、些細な違い。
放っておけば人間という種族の間でいくつもの集団をつくり、互いに争わせることにもなったかもしれないその相違を無視させ、聖母の支配の下で人間をひとまとめにするためには、もっと大きな違いを持った[敵]を生み出すことが一番、好都合なんだ。
なにより、人間に、聖母の[加護]を意識させるために、聖母は、[敵]を必要とした。
聖母という絶対の存在から与えられた力、[人類への加護]である、勇者と聖女という存在でなければ倒すことのできない、人類にとっての脅威。
聖母なしでは人間は生きられない、聖母がいるからこそ人間は安泰でいられるのだと、幸せに暮らすことができるのだと、そう思わせることが必要だったんだ」
聖母が作り出した、この世界の[仕組み]。
人類を滅ぼそうとする、聖母の加護がなければ人類の力では太刀打ちのできない、強大な存在であり、[敵]である魔王。
その、聖母の手によって意図的に作り出された[敵]によって、人類の滅亡という[危機]を、誰の目にもはっきりとわかる脅威を[演出]する。
そしてその脅威を、聖母の[加護]によって退ける。
人類の中から、聖母が選んだ[勇者]と[聖女]に、聖母が力を与える。
人類にとっての敵である[魔王]は、その勇者と聖女の力でなければ倒すことができないから、人々は聖母が与えてくれるその力にすがるしかない。
そうして、聖母が与える[加護]を人間たちは実感し、聖母という存在をあがめ、信仰し、一千年以上もの間、聖母の支配を疑うこともせずに受け入れることとなった。
かつて、魔王・サウラは、エリックに倒される時、「しょせん、我も、お前も、[道化]に過ぎぬのだ」と言った。
それを、エリックはただの負け惜しみだと、そう思っていた。
だが、今となっては、サウラの言葉の意味が理解できる。
エリックが、勇者として必死に戦っていた理由。
人類と、魔王軍とが、その存亡をかけて殺しあっていた理由。
そのすべてが、聖母がこの世界を支配し、統治し続けるために必要な、[茶番]に過ぎなかったのだ。
まるで、空想の物語のような話だった。
人類の脅威、滅びをもたらす絶対的な邪悪である、魔王。
それを倒す勇者と聖女。
そして、その[人類の希望]に力を与える、聖母。
すべての配役が、それを目にする人々にどんな印象を与え、どんな感想を抱かせるかを計算づくで作られた、1つの演劇のようだった。
サウラは、自分たちがその、聖母が作り出した演劇の中の登場人物に過ぎないことを知っていた。
そして、魔王を倒したエリックが、どんな運命をたどるのかも、知っていた。
その運命をエリックにもたらすリディアも、当然、これがすべて聖母の作りあげた[仕組み]なのだと知っていた。
ただ1人、エリックだけが、なにも知らされていなかった。
魔王を倒さなければ世界が危ないと、人類の存亡の時なのだと、エリックだけがそう信じながら、戦っていた。
「聖母は、人間を自分の支配下に置き、自分がこの世界の支配者であり続けるために、魔王という[敵]を作り、そして、[勇者]と[聖女]によって倒させるという[茶番]を、ずっと、くり返して来たんだ。
聖母が神々を殺し、この世界の支配を奪ってから、ずっと」
エリックは、その事実を改めて口にしながら、自身の両手を、爪が肌に食い込むほど強く握りしめていた。
人類と魔王軍とが戦争をするようになって、一千年以上が経っている。
その間、魔王は何度もよみがえり、その度に、勇者によって倒される、ということをくり返してきていた。
人間たちに、定期的に、聖母という存在の[ありがたさ]を思い出させるためだった。
そのたびに、多くの命が失われて来た。
人間も、魔物も、亜人種たちも。
自分たちの戦いが、ただ1人、聖母によって、聖母のために仕組まれたことだと知らないまま、傷つけあって来た。
そして、その度に、エリックが使い捨てにされたように、歴代の勇者たちもまた、使い捨てにされて来たのだ。
魔王を倒し、人類を救済した[英雄]として、聖母に並ぶ存在として、勇者が人々からの信仰を集めることがないように。
聖母がこの世界の支配を続けるにあたっての、[邪魔者]にならないように。
聖母は、[用済み]となった勇者を使い捨てにしてきた。
歴代の勇者たちは、みな、生きて帰っては来なかった。
その事実を、エリックは魔王という存在の強大さゆえのものだと考えていたが、そうではなかった。
その全員が、エリックと同じように、その使命を果たした瞬間に用済みとされ、密かに始末されて来たのだ。
聖都の大聖堂の奥、聖母の謁見の間。
そこには、勇敢に戦い、その使命を果たして来た勇者たちの石像が飾られている。
なんて、趣味が悪いのだろうか。
聖母は自身がその運命をもてあそび、使い捨てにし、命を奪って来た勇者たちの姿を飾り、彼らが死したのちも近くに侍らせているのだ。
きっと、聖母は自身の作った戦争の中で犠牲となって行ったあわれな勇者たちの姿を眺めては、その仮面の下で嘲笑してきたのに違いなかった。