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・第168話:「聖母の罪:3」

・第168:「聖母の罪:3」


「神々をあざむいて殺し、世界の支配権を自らのものとした聖母が、それから行ったこと。


 それが、聖母が犯した、2つめの罪。

 そして、もっとも重い罪だ」


 ケヴィンの問いかけにエリックはそう応じ、そこで言葉を区切って、小さく深呼吸をする。


 途中で言葉を区切ってあえて沈黙する時間を作るというのは、会話をしたり、演説をしたりする際に、その言葉を聞く者の注目をより強く集めるために用いられる技法だ。

 しかし、今のエリックには、そんな意図はまったくなかった。


 本当に、これを、誰かに明かしていいのか。

 エリックが話そうとしていることは、エリックにそう躊躇ちゅうちょさせるほどのことだったのだ。


 しかし、エリックは、すべてを明らかにすると決めている。

 これを黙っていたところで、聖母を倒すための戦いが続くのは確実だったが、聖母をなぜ倒さなければならないのか、その本当の理由を知っておいた方が、いろいろと納得ができるというか、覚悟ができる。


 エリックたちは今回の戦いで、これまで戦ってきて初めて明確に勝利と呼べる結果を得て、レナータたち魔法学院の魔術師や、聖母たちに虫けらのように扱われた人々を味方として得ることができた。

 しかし、聖母は未だに人類社会の支配者であって、その戦力は強大だ。

 聖母に対して戦いを挑む中で、多くの犠牲が生まれることは間違いなかった。


 そして、これから先の戦いは、まず間違いなく、人間同士での戦いとなる。


 ケヴィンたち、魔王軍の残党たちは、人間と戦うことにさほど抵抗はないだろう。

 しかし、人類はこれまでの歴史で、ほとんど、人類同士で戦った経験がないのだ。


 皆無であったわけではない。

 しかし、聖母という、絶対と信じられてきた存在の支配下にあり、外に魔物と亜人種という[敵]がいたために、人類はその種族内で本格的な[戦争]をしたことがなかった。


 人間同士で、戦う。

 傷つけ、命を奪い合う。


 言葉で説得し、聖母を倒すために共に戦えればそうするべきだし、エリックは、聖母に対して戦いを挑むべき正当な理由を知ってはいるが、生まれてからずっと、聖母を信仰するように教え込まれて来た人類は、エリックが知った[聖母を滅ぼさねばならない理由]を、簡単には信じてくれないはずだった。

 レナータは以前からデューク伯爵と親しくその人柄を知っていたから、ヘルマンがついていたウソを見破ってエリックに味方してくれたのだし、街の人々は実際に聖騎士が変異した怪物に襲われたから、聖母が自分たちの守護者などではないと気づくことができたのだ。


 必ず、戦うことになる。

 その時、今まで同じ種族として、同胞として接してきた人々を、それも、聖母のウソに気づきさえすれば戦う必要のない、傷つける必要のない人々と、戦うことができるのか。


 迷わないためには、すべてを知っておかなければならないだろう。


 それに、同じ命をかけるのであれば、すべて、納得づくのことでありたいというのは、誰もが思うことだろう。

 聖母を倒さねばならない理由を知り、そのために命をかけ、散っていくのと、自身が命を失うに至った理由をすべて知らないままで散っていくのでは、そこには大きな違いがある。

 少なくともエリックは、そう思っている。


 これは、絶対に話さなければならないことだ。

 エリックはそう思っていたし、今さらやめた、というつもりはまったくなかったが、しかし、おそれもあった。


 エリックは、ちらり、と視線をリディアへと送る。

 すると、ややうつむきながらエリックの話を聞いていたリディアはその視線に気づき、顔をあげてエリックを真っ直ぐにみると、静かにうなずいてみせた。


 これから話すことは、リディアにも深くかかわることなのだ。

 そしてそれを話せば、リディアも、エリックも、エリックと融合した魔王・サウラも、その3人の立場を、大きな危険にさらすことになる。


「聖母が犯した、2つめの罪。


 それは、この、[戦争という仕組み]を生み出したことだ」


 しかしエリックは、自身の無言の問いかけに、「覚悟はできています」と言うふうにリディアがうなずくのを確認すると、そう言って話し始めた。


「聖母は、神を殺して、世界を支配しようとした。

 しかし、それには、あることがどうしても必要だった。


 その支配を受ける存在、つまり、オレたち人間が、聖母を信仰し、仕えることが必要だったんだ。


 支配される者が誰もいない世界で、自分1人だけが[支配者だ]と威張ってみても、なんの意味もないから。

 聖母は、オレたち人間に、かつて古の神々に対してそうしていたような、信仰を求めた。

 聖母は、支配者である自分を[偉く]してくれる、そういう存在を欲しがったんだ。


 そして聖母は、そのために、[戦争という仕組み]を生み出した」

「ちょっと、エリック、質問いいかな? 」


 その時、難しい顔で口をへの字にしていたクラリッサが小さく挙手をした。


「どうぞ、クラリッサ」


 エリックはクラリッサにうなずいてみせる。

 疑問があるのなら、この場で解決してもらった方が後々で説明が省けるかもしれないし、他の人の視点からの意見を聞けば、これから話すことも理解しやすくなるのではないかと思ったからだ。


「その、[戦争という仕組み]を生み出したっていう言い回しが引っかかるんだけど。


 戦争を始めたっていう、単純に、そういう話じゃないってことなんだよね? 」


 どうやらクラリッサは、エリックが[仕組み]という部分を強調していることに気がついた様子だった。


「ああ、クラリッサ。

 その通りだ」


 エリックはまた、クラリッサにうなずいてみせる。


 そうなのだ。

 聖母が犯した2つめの罪、そのもっとも重大な罪は、人類と、魔物と亜人種という2つの陣営の間での戦争を始めたことではないのだ。


 その戦争を、聖母がこの世界を支配していくための[仕組み]として、[作った]ことだった。


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