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・第165話:「話したいこと」

・第165話:「話したいこと」


 エリックにとっての戦いは、まだまだ、その途上だった。

 だが、ひとまずは、エリックは充足感を得ることができていた。


 エリックは、この街に住む大勢の人々を救うことができたのだ。

 そのために支払った代償は大きなものではあったが、しかし、エリックには後悔はない。


 復讐ふくしゅうのために、生きる。

 聖母たちへの報復だけを考えていたエリックだったが、今は、それ以外にも自分にはやるべきことがあるのだということを、思い出している。


 この夜が明けるまでは、エリックは、復讐ふくしゅうの後のことなど、少しも考えていなかった。

 聖母を倒すために、己の命を燃料として復讐ふくしゅうの炎を燃やし、燃えつきて、消えるだけだと、そう思っていた。


 しかし、それだけではないのだと、今のエリックにはそう思える。


 エリックは、久しぶりに満たされたような気持で、仰向けに寝転がっていた。

 だが、しばらくすると、肌寒さを感じ、小さくくしゃみをしてしまう。


 そこでエリックは、今、自分は、ほとんど衣服らしいものを身につけていない、ということに気がついた。


 異形のバケモノと化した聖騎士の下敷きにされた後、エリックは、自分自身も魔王の姿に変化したのだ。

 その時に身に着けていた衣服は破れてしまい、残っているのはボロボロになった布切れのようなものだけになっていた。


「……参った」


 エリックは街を救った英雄であるはずだったが、さすがにこんなかっこうで動き回るのは恥ずかしい。


 すると、エリックの頭の上の方で、エヘン、と咳払いする声が聞こえた。


「お困りかい?

 勇者兼、魔王様? 」


 エリックが見上げると、そこには、エリックと共にクラリッサを救出するために潜入してきた残党軍の1人、ハーフリングの偵察兵スカウトが、ニヤついた笑みを浮かべながら両腕を組んで立っていた。


 エリックと共に戦った残党軍の5人は、その内の3人までが命を失っていた。

 いずれも、勇敢に戦っての最期だったが、このハーフリングは見事に生き延びたらしい。


「ああ。

 すごく、困っている。


 なにか、着るものを貸してもらえないだろうか? 」


 エリックは素直にそう言って、そのハーフリングに助けを求めた。

 ハーフリングのエリックをからかうような口調に、頼めば手を貸してくれそうな雰囲気を感じ取っていたからだ。


「もちろん、お安い御用で!


 ……って、言ってやりたいんだが、あいにく、俺はこの通り、アンタら人間よりもチビだからな。

 俺の着ている服でよけりゃ貸してやれるんだが、さすがに小さすぎて無理だろう? 」


 しかし、ハーフリングはそう言って肩をすくめてみせる。


 ただ、エリックに協力するつもりがないというわけではないらしい。

 彼は純粋じゅんすいに、現在の状況を楽しんでいる様子だった。


「そういうわけだから、セリス。

 お前の服を貸してやってくれないか?


 ほれ、お前の着ている服なら、人間でもなんとか着れそうな大きさだろう? 」

「ふざけんな、ばかっ!

 城壁の上から蹴り落としてやるわよっ!? 」


 ニヤついた笑みを浮かべたままのハーフリングが右側を振り返りながらそう言うと、そこにいたセリスが、動揺と怒りの入り混じった声で怒鳴った。


 セリスは、エリックに向かって背中を向けている。

 どうやら彼女の声が動揺している原因は、エリックであるらしかった。


「……そこで、待ってなさい!

 誰かに言って、服を借りてくるから! 」


 それからセリスは、エリックの方を振り返らないままそう言って、バタバタと慌ただしく駆け去って行った。


「アハハ!

 100年近くも生きてるってのに、初心うぶだねぇッ!! 」


 そんなセリスのことを、ハーフリングは指さして笑っていた。


────────────────────────────────────────


 魔法学院では今も、避難民の受け入れと、負傷者の治療が続けられている。

 学長のレナータも、聖女・リディアも、その対応で手いっぱいの様子だった。

 クラリッサも、極度の消耗しょうもう状態にあって、むしろ自分が治療を受けなければならないような状態だったが、薬草の知識を生かして治療を手伝っている。


 セリスとハーフリングは、この場ではのけ者だった。


 2人ともエリックの仲間であり、クラリッサを助けるためにその命をかけてやって来た、信頼のできる存在だったが、2人とも亜人種だった。


 聖母の行って来たことを目にし、実際にその被害に遭った人々はもはや聖母たちのことを盲信してはいなかったが、それでもやはり、生まれた時からずっと[敵だ]と教え込まれていた亜人種たちと行動を共にするのには、抵抗がある様子のだ。


「2人とも。

 ケヴィン殿を、呼んできてくれないか? 」


 セリスが持ってきてくれた衣服に着替え、暖かいスープを飲んで人心地がついたエリックは、他に居場所がないといった様子で城壁の上にとどまっている2人に向かって、そう頼んでいた。


「兄さんを?


 ……どうして?

 いくら、同じ聖母に酷い目に遭わされたからって、ここじゃ、あんまり歓迎されないと思うけど? 」


 落ち着きを取り戻したものの、動揺させられた反動からかやたらと不機嫌な態度で冷ややかにエリックのことを見ていたセリスは、いぶかしげな様子だった。


「とにかく、呼んでくれ。


 どうしても、ケヴィン殿や、レナータ学長に、話さなければならないことがあるんだ」


 だが、エリックはセリスの視線にもひるまず、重ねてそう頼み込む。


「……わかった。

 けど、何人か、護衛の兵士も一緒だよ? 」


 セリスは少し迷っていた様子だったが、エリックが魔王の力を手にしたことを含めて、一度ケヴィンたちと打ち合わせが必要だろうと思ったのだろう。

 そうエリックに言ってうなずいてみせると、セリスとハーフリングの偵察兵スカウトは、ケヴィンを連れてくるために街の外へと向かって行った。


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