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・第163話:「そして、「勇者」は「魔王」となった:4」

・第163話:「そして、「勇者」は「魔王」となった:4」


 それは、なんと呼んでいいのか、わからない存在だった。


 勇者と、魔王。

 かつて、互いに互いを滅ぼすために戦い、命を奪い合った存在が、今、1つになった。


 人格はエリックだったが、その身体は、魔王。

 勇者と魔王、絶対に相いれないはずの2つの存在の力が、1つになっていた。


 空中に飛翔したエリックは、辺りを見回し、倒すべき者たちの姿を見つけて、鋭くその双眸そうぼうを細めていた。


 まだ、聖騎士たちは何体もいて、街を無差別に破壊し続けている。

 その内の2、3体はすでに街を守っていた城壁にまで達し、それを破壊して、その暴走による被害を周辺の地域にも拡大させようとしていた。


 街のあちこちで火災が生じ、炎と黒煙が夜空に向かって盛んに立ち上っている。

 そしてその下で、多くの人々が逃げまどっている姿を見て取ることができた。


「サウラ、行くぞ! 」


 エリックは最初の目標を定めると、自身の内側に存在する[相棒]に向かってそう叫ぶと、翼で大気を打って加速した。


 エリックは今、誰よりも速く助けを求める人々のところへと駆けつけ、確実に聖騎士を打ち滅ぼすことのできる力を手に入れていた。

 人々を襲っているバケモノへと一瞬で接近したエリックは、上空から落下する勢いを加えながら聖剣を両手で振り下ろし、聖騎士を一刀で両断する。


 そして、あらわになった聖騎士の心臓を、エリックは甲殻におおわれた自身の手でつかみ取ると、ひねりつぶした。


 聖騎士の血があふれだし、エリックの腕を伝うと、その[血の記憶]が、エリックの中に流れ込んで来る。


 それは、エリックにとって不快なものだった。

 なぜなら、聖騎士たちは聖母のことを崇拝し、盲信しており、その狂信的な思考を知ることは、エリックにとっては苦痛でしかなかったからだ。


 だが、エリックは、聖騎士たちの記憶を自身の内側へと取り込んだ。

 そこには、聖母を倒すためになにか有用な情報がないかという、打算的な目的もあったが、エリック自身と同じく[聖母に使い捨てにされた]聖騎士たちに対しての同情心もあった。


 聖騎士たちは聖母のことを信じ、そして、聖母から施された[祝福]のことを、無邪気に喜んでいた。


 自分は、偉大な聖母様によって選ばれた。

 そして、強大な力と、[永遠の命]を与えられた。


 聖騎士たちは、聖母から施される[祝福]を、文字通りのものとしてとらえていた。


 しかし、実際のところは、その[祝福]は、彼らを異形のバケモノへと変異させるだけのものだった。

 確かにその力は人間のそれを圧倒し、その生命力は強靭で、もしかすると本当に永遠に生きられるのかもしれなかったが、しかし、彼らに理性が残っているとはとても思えなかった。


 その証拠に、聖騎士たちの記憶は、自分自身の心臓に剣を突き刺したところで途絶えるか、曖昧あいまいになっている。


 後に残っているのは、苦しみだけだった。

 肉体を一瞬でバケモノへと作り変えられる、形容しがたい苦痛と、変異を終えた後も消えることのない痛み。


 聖騎士たちのバケモノの姿は、その肉体が、聖母から与えられた[祝福]に適応できなかったために生じたものだ。

 強制的にそういう状態に変化させられた聖騎士たちの肉体は、その無理に耐え切れず、その内部で常に破壊と、聖母の[祝福]によって与えられた強靭な生命力による再生をくり返す。


 それは、エリックが聖騎士の下敷きにされていた時に感じた激痛と、同じか、それ以上のものだった。


 聖騎士たちが、なぜ、暴走しているのか。

 彼らの記憶を知ったエリックには、それが、苦痛にのたうち回っているのだということが、理解できた。


 聖母に騙され、もてあそばれた。

 その点だけを見れば、聖騎士たちとエリックも、なにも変わらない。


 だったら、せめて、その苦痛を終わらせてやるくらいは、してやろう。


「みんな、魔法学院に避難するんだ。


 レナータ学長が、そして、聖女・リディアが、みなさんを助けてくれる」


 だからエリックは、聖騎士を一瞬で屠ったエリックの、魔王と人間が融合した異質な姿を目にして唖然あぜんとし、恐怖に身をすくませている人々に向かってそう言うと、すぐさま空へと飛びあがっていた。


 1人でも多くの人々を、救うために。

 そして、聖騎士たちの苦しみを、1秒でも早く終わらせてやるために。


 エリックは聖剣を手に、飛翔する。


 本当に、魔王・サウラのことを、信じてしまってよかったのか。

 身体の主導権はエリックにあるとはいえ、サウラという存在を認め、自身の身体に受け入れてしまって、よかったのか。


 そんな疑念が、エリックの脳裏にちらついている。


 だが、エリックには、後悔はなかった。

 なぜなら、エリックが手にしたこの新しい力は、確実に、より多くの人々を救うことに役立っているからだ。


 エリックが、ただ、勇者のままであったなら、絶対に助けることのできなかった人々。

 魔王の力を手にし、勇者の力と1つにした今であれば、助けることができる。


 そして、この力は必ず、聖母を滅ぼすのにも役立つだろう。


 2度と、自分は元の身体に戻ることはできないのではないか。

 普通の、1人の人間として、平穏で幸福な生活を送ること。

 それを、望むことのできない身体になってしまったのではないか。


 エリックの心の内には、そんな、恐れがあった。


 だが、エリックは、この先にそんな運命が待っているのだろうと、すべてを受け入れるつもりでいた。


 人々を、救う。

 そして、聖母に、受けて当然の報いを与える。


 それが、エリックにとってのやるべきことのすべてであり、今、エリックが生きている理由だった。


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