・第162話:「そして、「勇者」は「魔王」となった:3」
・第162話:「そして、「勇者」は「魔王」となった:3」
リディアはじっと、自身の終わりが訪れることを待っていた。
聖女としての力を与えられたリディアは、一般的な人間に比較すれば高い身体能力、そして治癒能力を持ってはいたが、異形のバケモノと化した聖騎士の触手の一撃を受けてしまっては、助からないだろう。
最期は、痛いのだろうか。
それとも、痛みを感じる時間さえなく、一瞬で、終わるのだろうか。
リディアは頭の中でそんなことを考えていたが、しかし、いつまで待っても、聖騎士が振り下ろした触手によって、リディアがその命を絶たれることはなかった。
おそるおそる、閉じていた目を開き、振り返る。
そしてリディアは、その光景を目にすると、双眸を大きく見開いていた。
そこには、2体の聖騎士が残っているはずだった。
リディアたちはその2体を同時に相手にしなければならず、そのせいで苦戦し、ほとんどの仲間たちが倒されてしまったのだ。
おぞましいバケモノがうごめいていたはずの場所。
そこにあったのは、残骸だけだった。
聖騎士の巨体が、真っ二つに引き裂かれていた。
ドロドロとした赤黒い体組織が、形状を失って辺りに流れ出て、触手が力なく地面の上に横たわっている。
そして、その2体の聖騎士の残骸の中央に、異質な存在が立っている。
それは、人型をしていた。
だが、到底、人間だとは思えなかった。
その全身が、甲虫のような外皮によっておおわれている。
まるで全身を強固な鎧に包まれているようだ。
その後ろ姿に、リディアは、見覚えがあった。
「……魔王、サウラ」
リディアは呆然と、その存在の名を呟く。
身体が、小刻みに震えていた。
エリックの内側に、魔王・サウラが生き続けている。
そのことは、リディアも知っていたし、エリックがサウラを自身の身体から分離し、かけられた黒魔術を解こうとしていることも知っていた。
このままでは、魔王・サウラによって、エリックの身体が乗っ取られ、倒したはずの魔王が復活してしまうから。
エリックは自分自身が生き残り、そして、人類にとっての脅威であった魔王を復活させないために、黒魔術を解く方法を探していた。
リディアは、その時が訪れたのだと思った。
肉体と、その本来の持ち主であるはずのエリックの魂との間にある結びつき。
その結びつきが、とうとう、黒魔術の進行によって肉体の作り変えが進み、魔王の魂と逆転してしまったのだと、そう思った。
魔王・サウラが、復活した。
リディアは、聖母たちだけではなく、人類にとっての敵が、それももっとも強大なものが復活を遂げたのだと思い、恐怖していた。
だが、すぐにリディアは、復活した魔王の様子がおかしいということに、気がついた。
その手には、リディアがエリックにたくしたはずの聖剣が握られていたからだ。
よく見れば、魔王の背格好は、かつてリディアが目にしたそれよりも小さかった。
サウラは人間を上回る体格だったが、今目の前にあるそれは、人間とほとんど変わらない背丈しかない。
そしてその背丈は、エリックのものと同じだった。
「勇者……、様? 」
リディアは、半ば呆然としながら、そう呟いていた。
そんなこと、あり得ない。
そう感じつつも、同時に、奇妙なほどの、確信があった。
そしてリディアは、その直感が正しいということを知った。
「リディア。
後は、オレ[たち]に、任せてくれ」
リディアが最初、復活した魔王だと、そう思った存在。
それが振り返ると、その頭部には、確かに、エリックの顔があった。
そして、すべてを悟り、受け入れたかのような穏やかな表情からリディアへと向けられたその声は、まぎれもなく、エリックのものだった。
そして、エリックはその手に握りしめていた聖騎士の心臓を、いともたやすくひねりつぶして見せる。
魔王のもののようになったエリックの強靭な腕の中から聖騎士の血が流れ出て、エリックの腕を伝ってポタポタとたれて行った。
「……お前らのことなんか、ちっとも理解できない。
だが、聖母にいいようにもてあそばれた分は、オレがきっちり、仕返ししてやる」
聖騎士の心臓だったモノをそう呟きながら投げ捨てたエリックは、まだ呆然としているリディアにもう一度笑みを向ける。
「リディア。
君は、聖女の力で、仲間たちを、傷ついた人々を助けてやってくれ。
聖騎士たちのことは……、もう、オレ[たち]で、十分だから」
そしてそう言うと、エリックは身をかがめると地面を蹴り、ドン、と衝撃音を残して空中に飛び上がった。
いつの間にか、その背中には、コウモリの羽のようなものが4枚、生まれていた。
そしてエリックはその羽を羽ばたかせると飛翔し、そして、あっという間に飛び去って行った。
「あちゃー……。
なんか、もう、あたしらの出番は、なさそうだねぇ」
変化したエリックの姿を呆然としたままのリディアの隣に、いつの間にかクラリッサが立っていて、感心と呆れの入り混じったような声でそう言った。
それからクラリッサは、なんだか楽しそうな様子でにやつきながら、リディアの肩に自身の手をまわして抱きよせる。
「ところで、リディア。
あんた、さっきあたしのこと、[姉さん]って、呼んだでしょ? 」
「……あひっ!? 」
そのクラリッサの言葉に一瞬で我に返ったリディアは、そんな悲鳴をもらし、だが抱きよせられているために逃げることもできず、握りしめていたレイピアを思わずとり落としながら赤面していた。