・第161話:「そして、「勇者」は「魔王」となった:2」
・第161話:「そして、「勇者」は「魔王」となった:2」
「勇者様!
どこに、どこにいるのですか!?
どうか、お返事をッ! 」
振り下ろされる聖騎士の触手を回避しながら、リディアが必死に呼びかけている。
一人で突進していったエリックが、聖騎士の下敷きとなってから、まだ5分と経ってはいない。
しかし、その間に、残されたリディアたちは急速に追い詰められていた。
そこには、合計で3体もの聖騎士がいた。
1体はエリックによって倒されていたが、まだ、2体ものバケモノが残っているのだ。
リディアたちは、下敷きになったエリックを探すため、そして人々を救うために、必死に戦った。
しかし、勇者という、聖騎士を倒すことのできる強力な力を持った存在を失ったリディアたちでは、できることは少なかった。
クラリッサや魔術師たちは気力を振り絞って魔法攻撃を加え、リディアに数人の魔術師が加わって聖騎士に対して接近戦を挑んでいるが、効果は少ない。
触手を数本、切断することに成功し、聖騎士にダメージを与えてはいるが、それと引き換えに、リディアと共に前衛を担当した魔術師が2人、負傷している。
今のリディアたちでは、聖騎士に致命傷を与えることができない。
その核となっている心臓を抉り出し、破壊するためには、攻撃力がまったく足りていなかった。
異形と化した聖騎士は、聖母の実権の結果生まれた、不完全な存在だった。
だが、その生命力は強化されており、生半可な攻撃ではすぐに再生されてしまって、効果がない。
しかし、リディアたちはその場から逃げ出すことができなかった。
エリックが、彼女たちにとっての唯一の希望だったからだ。
あるいは、せめて、聖剣だけでも見つけることができれば。
勇者と同じ力を与えられている聖女であるリディアならば、聖騎士を倒すことはできるはずだった。
だが、リディアは、どうしてもエリックを救いだしたかった。
そんな程度では自分が犯して来た[罪]の償いにまるで足りない、それはわかってはいるが、少しでもそうしたいと、リディアは願っている。
(私は……、私は!
これまで、何人もの[勇者様]を、裏切って来た!
今さら、エリックを助けたところで、その罪は消せない! )
魔術師たちが魔法の呪文を唱え、魔力を制御するために集中できるよう、聖騎士たちの注意を自分に集めるためにレイピアで聖騎士の身体を次々と突き刺し、反撃をかわすために動き回りながら、リディアは自分自身の願いと向き合っていた。
(けれど……!
もう、私は、誰も裏切らないって、決めたんだから! )
リディアは聖騎士が振るった触手が、風を切るうなり声をあげて迫って来るのを前転してかわしながら、エリックを下敷きにしているはずの聖騎士を睨みつけ、叫び続ける。
「勇者様!
今、行きますから!
今、助けますから! 」
もし、ここで、エリックを救うことができなかったら。
リディアはまた、新たな罪を背負うことになる。
贖罪のために。
そして、これ以上、自身の罪を増やさないために。
リディアは必死に戦い続けた。
だが、その戦いは、どんどん不利になっていく。
リディアが聖騎士たちの気を引くように戦っているのだが、聖騎士たちはその攻撃がさほど脅威ではないことに気づき始め、より強力な攻撃を向けてくる魔術師たちに攻撃を向け始めたからだ。
魔法に集中しなければならない魔術師たちは、触手の攻撃に即座に反応することができない。
さらに2人の魔術師が触手の攻撃を受けて行動不能となり、クラリッサはかろうじて攻撃を回避したものの、聖騎士から距離を取ろうとした時によろめいてしまう。
磔にされていた状態から、無理に戦いの場に出てきているのだ。
体力的にはとっくに限界を迎えており、クラリッサは気力だけで戦っているようなものだった。
だから、クラリッサは体勢を崩したのだろう。
足元にあったなにかに引っかかってしまったのか、あるいは、もう身体が言うことを聞かなくなっているのか。
クラリッサはかろうじて踏みとどまり、倒れこみはしなかったものの、大きな隙が生まれていた。
そして、聖騎士たちは、その隙を見逃さなかった。
聖騎士が触手を振り上げる。
「姉さん、危ないっ!」
その攻撃目標がクラリッサだと理解すると、リディアは思わずそう叫び、駆け出していた。
エリックを救い、町の人々を助けなければならない。
リディアはそう決意していたが、しかし、クラリッサに迫る危険を見過ごすことはできなかった。
リディアは、もう、仲間を裏切らないと決めている。
そしてその[仲間]の中には、クラリッサも含まれているのだ。
魔法学院から共に打って出た仲間たちはすでに、そのほとんどが倒されてしまった。
リディアはエリックを必死に救い出そうとしたし、まだあきらめてはいない。
だが、理性では、もう、どうすることもできないとわかっていた。
リディアたちの力だけではもう聖騎士を倒すことができずに、ただ、一方的に犠牲を増やすだけしかできないからだ。
「逃げて、姉さん! 」
だからリディアは、クラリッサを安全な方向に向かって突き飛ばしながら、彼女に向かってそう叫んでいた。
魔法学院まで、あの、強固な魔法のシールドがある場所まで逃げ延びれば、きっと、助かることができる。
リディアは、せめて、クラリッサだけでも助かって欲しいと、そう願っていた。
クラリッサを突き飛ばしたリディアは、自身の死を覚悟し、その場で双眸を閉じていた。
自分の犯して来た、数々の罪。
その罪をつぐなうことさえできない自分の無力さが恨めしかったが、しかし、不思議と満足感もあった。
この結末は、リディアが生まれて初めて、自らの選択によって選んだものだったからだ。