・第158話:「勇ましき者:6」
・第158話:「勇ましき者:6」
エリックが振るう聖剣は、その鋭さを増していた。
聖母たちへの、復讐のために。
そして、聖母の支配から、人々を救うために。
エリックは再び、[勇者]としての自分を見出していた。
そしてその決意が、エリックに聖剣の持つ力をより大きく発揮させていた。
魔術師たちによる魔法攻撃の弾幕と、リディアの支援。
人々をこの惨劇から救うという共通の決意を持った仲間たちとの連携によって、エリックはすでに5体の聖騎士を滅ぼしている。
しかし、街の惨状に終わりは見えなかった。
まだ数多くの異形のバケモノたちが街を破壊し続けており、人々の犠牲は増え続けるばかりだった。
いったい、何人の聖騎士がバケモノへと変異したのか。
その被害は、すでに街中へと拡大しつつあった。
ついしばらくまえまで魔王軍との存亡をかけた戦争を戦っていた人類の街だったから、この街も、相応に防衛設備が整えられている。
街の周囲には城壁が張り巡らされていたし、街の要所には防衛拠点としても機能するように頑強に作られた建造物が点在している。
しかし、そういった要塞化された街も、内側からの攻撃にはもろいものだった。
街を攻撃しているのが、未知のバケモノだとすればなおさらだ。
変異した聖騎士たちは、手当たり次第に街を破壊し、人々を殺戮していた。
夜を迎えていたことで眠りについていた住民も多かったが、今や、人々はパニックとなって逃げまどい、街中が混乱状態にある。
エリックたちが魔法学院へと避難させることができた住人は、すでに数百人にもなる。
しかし、その何十倍もの人々が危険にさらされていた。
人々は、完全に無抵抗ではなかった。
元々街を防衛するために配置されていた兵士たちもいたし、聖騎士と同じく聖母に仕えていたはずの教会騎士たちも無差別に攻撃されているから、あちこちでバケモノに対して戦闘が起こっていた。
兵士たちは、剣が通用しないと見るや、槍と弓で応戦していた。
歩兵たちが長槍で槍衾を作って聖騎士たちに襲いかかり、街の要所に配置されていた弓兵たちが、盛んに矢の雨を降らせている。
また、教会騎士たちも、彼らは住人のためではなく自分の身を守るためではあったが、生き延びるために必死に戦っている。
しかし、焼け石に水のようだった。
混乱状態にある兵士たちはいくつもの小規模な集団に分断されており、それらの小さな兵力では聖騎士の足止めをするのが精いっぱいで、有効打はまったく与えられていない。
バケモノたちに追い立てられ、蹴散らされて、犠牲者だけが増えていく。
(このままじゃ、犠牲が増えるだけだ! )
エリックは6体めの聖騎士の心臓を、聖剣で正確に突き刺して抉りながら、奥歯を強く噛みしめていた。
自分が、人びとを救わなければならないのだ。
なぜなら、エリックは勇者であって、エリックだけが、バケモノとなった聖騎士たちを確実に倒せる力を持っているからだ。
エリックたちは、よく戦っていると言えた。
最初は闇雲に目についた聖騎士に襲いかかって行くだけだったが、今は人々が魔法学院へと避難するルートを確保するように、未知を作るように考えて戦っており、魔法学院へと避難する人々の数は増え始めている。
しかし、まるで、足らない。
エリックたちが救うことができた人々は、逃げ遅れている人々の数からすれば、ほんの一握りでしかない。
そして、エリックと一緒に戦う仲間たちも、疲れてきていた。
エリックと同じく聖女としての力を持つリディアはまだ平気そうだったが、ヘルマンたちに磔にされたせいで元々体力を消耗していたクラリッサは、口では「大丈夫」と言っているもののその顔には汗が浮かび苦しそうだったし、聖騎士の動きを止めるために魔法攻撃の弾幕を浴びせている魔術師たちも、体力を消耗している。
エリックは、リディアから聖剣を渡されたことで、[勇者]としての力を発揮できるようになっていた。
エリックが振るう聖剣は聖騎士たちを屠ることができ、エリックたちは確実に聖騎士たちの数を減らすことができている。
しかし、そのペースは、あまりにも遅く感じられる。
このままでは、聖騎士たちをすべて倒しきるまでに、いったいどれほどの人々が犠牲となるのか見当もつかなかった。
誰もが、自分にできる最善を尽くしている。
兵士たちは自分たちの力では聖騎士たちを倒せないと理解しつつも、人々を少しでも逃がすために聖騎士たちへと立ち向かっているし、人々も生き延びるために必死だった。
親は子供を抱きかかえ、子供は老いた親を背負い、恋人同士は手を取り合って、大切な人々を必死に守り、生き延びようとしている。
エリックが勇者として守りたいのは、そういった人々だ。
ただ平穏に暮らし、家族や友人、恋人たちと幸福に生きたいと願う、しかし、戦う力を持たない人々だ。
エリックは、許せなかった。
勇者としての力を振るいながらも、多くの人々を救い切れずにいる自分の無力さを。
そして、聖母を信仰し、疑ったことすらない民衆を、罪のない人々を巻き添えにし、虫けらのように踏みつぶしてもなお、世界の支配者として平然と君臨し続ける聖母や、ヘルマンたちのことも。
「ああああああああああっ!! 」
エリックはたった今、目の前で数十人もの兵士と民衆をその巨体で踏みつぶした聖騎士に向かって、聖剣を手に全速力で駆け出していた。
踏みつぶされた人々から悲鳴があがり、聖騎士の下から鮮血がほとばしり、骨が砕かれる音が響く中、エリックは走った。
自分が、守りたかった、救いたかった人々。
それが、目の前で、次々と、無残に殺されていく。
エリックには、力があるのに。
彼らを助けられた可能性があるのは、エリックだけなのに。
エリックは、[勇者]であるのに。
もう少しで手が届きそうな距離で、人々の命が奪われていく。
「勇者様! いけないッ!! 」
エリックは、背後でリディアが悲痛な悲鳴のような声で止めるのも聞かずに、犠牲者たちの返り血を浴びながらうごめくおぞましいバケモノに向かって斬りかかっていた。