・第157話:「勇ましき者:5」
・第157話:「勇ましき者:5」
半壊した建物の中から、恐怖で怯えきった母と子供が、助け出される。
「ありがとうございます……っ!
本当に、ありがとうございます……! 」
まだ幼い子供を抱きかかえた母親は、エリックたちに何度も涙ながらに感謝を述べたが、その場に人間ではない者がいることに気づいて、はっと息をのんだ。
「フン。
安心しなさい、私たちは、今は味方だよ」
セリスは、やはり人間全般に対しては良い印象がないのかやや不愉快そうに鼻を鳴らしながらも、そう言って、助け出された親子に向かって手を差し出した。
「魔法学院まで、あたしが護衛して、案内する。
学院まで行けば、安全。
魔術師たちが守ってくれるから」
それが、セリスと、ハーフリングの偵察兵の役割だった。
2人とも優れた偵察兵であり、戦闘に関しても頼りになる存在だったが、異形と化した聖騎士たちのような[大物]を相手にしては、彼女たちが用いる武器はあまりにも小さすぎた。
短剣ではいくら切れ味が鋭くとも聖騎士に大きな傷は負わせられないし、弓を使おうにも、弓も矢もないのだ。
母親は亜人種のセリスの言葉を怪しんで警戒し、子供はまだ聖母たちの教えを知らない年齢なので、単純に「珍しい人がいる」といった視線で、目をまんまるくしてセリスたちのことを見つめている。
「警戒するのはわかるけど、今、そんなことやってる場合?
ほら、さっさとする! 」
しかしセリスは、「まじめに話し合ってもムダ」と言わんばかりにそう言うと、さっさと背中を向け、周囲を警戒しながら魔法学院へと向かって行く。
すると、母親はまだ戸惑い、警戒していたが、子供を抱いたまま、おずおずとセリスの後に続いて行った。
この場にとどまり続けることは危険だったし、エリックたちは、他の聖騎士たちを倒しに向かわなければならないと、理解できているのだろう。
聖騎士たちが異形へと変異したのを見て、一時は腰が抜けたようになっていたセリスだったが、エリックたちが戦うと決めた後は彼女も立ち直って、その足取りもしっかりとしている。
(さすがに、エルフだな。
見た目より、ずっと落ち着いている)
エリックはそんなセリスの姿を、頼もしいと思いながら見送った。
外見年齢はエリックとさほど変わらないセリスだったが、エルフである彼女はエリックの何倍もの人生を生きている。
一度パニックになるようなことがあっても、すぐに精神を落ち着けて、冷静に行動する術を心得ているのだろう。
「よし、みんな!
攻撃を集中すれば、奴らも倒せる!
ひとつひとつ、確実に倒して、できるだけ多くの人を、救い出す! 」
まずは2人、助け出すことができた。
その事実にほっと安心し、喜びながら、エリックは仲間たちと共に、次の聖騎士を倒すべく駆け出していた。
────────────────────────────────────────
おぞましいバケモノへと変異した、聖騎士たち。
それと戦ううちに、エリックは、かつて自分がまだ[勇者]であったころの感情を、思い出していた。
勇者・エリックは、懸命に、魔王軍と戦った。
今となってはなんのための戦いだったのか疑念の残る人類軍との魔王軍の戦争を、エリックは人類側の先頭となって戦ったのだ。
それは、いったい、なんのためだったのか。
エリックは、その戦いの先に、なにを望んで、戦っていたのか。
それを、エリックは思い出した。
すべては、人々を、人類を救うためだった。
滅亡の危機にある人類を救い、戦乱を終わらせ、人々が平穏に、豊かに暮らすことができる世界を、取り戻す。
そのためにエリックは自らの力を振るい、そして、自身の持つ勇者としての力を最大限に発揮できるよう、厳しい鍛錬を続けたのだ。
勇者として、人々を救う。
その決意は、エリックの中に確固として存在し、その決意によって、エリックは魔王・サウラを打ち倒したのだ。
だが、戦いの果てに、エリックを待っていたのは、裏切りだった。
エリックは用済みだと言われて、背後から刺されて、捨てられた。
蘇った時、エリックの中に残っていたのは、復讐心だけだった。
エリックは、自身を裏切った者たちに正当な報いを受けさせるためだけに生き延び、そして、戦い続けてきた。
激しく燃え盛る、憎しみの炎を動力として戦い続けたエリックは、機械のようだった。
空虚だった。
エリックは、復讐以外にはなにも自分の中に持たないまま、戦っていた。
だが、エリックは、思い出した。
自分が、[勇者]であったことを、思い出した。
それが、聖母に利用されるために、最後には裏切られるために選ばれた、[生贄]のような称号であろうとも。
エリックが、人類を救おうと決意し、どんな困難にも負けずに立ち向かい、厳しい努力を続け、魔王・サウラと、[勇者]として戦ったエリック自身の[覚悟]は、聖母から与えられたものではなかった。
エリックはかつて、他人から与えられたからではなく、自分の意志で、[勇者]であったのだ。
それを思い出したエリックは、もはや、単なる復讐鬼ではなくなっていた。
聖母に、ヘルマンに、当然の報いを受けさせる。
それは、なにも変わらない。
だが、同時に、聖母を倒し、聖母によって支配され、目の前で虫けらのように踏みつぶされていく人々を、救う。
エリックの中で、その、古くて新しい[戦いの理由]が、大きく、強くなりつつあった。