・第155話:「勇ましき者:3」
・第155話:「勇ましき者:3」
安全な魔法学院から、打って出る。
そして、犠牲となっていく人々を、できるだけ多く、救い出す。
リディアから聖剣を渡されたエリックは、再び、魔法学院の正門の前に戻ってきていた。
周囲に集まっているのは、クラリッサに、リディア、セリス、ハーフリングの偵察兵、そして剣術の心得を持つ魔術師たちが10人ほど。
合計で15人が、バケモノたちと戦うために打って出る人数のすべてだった。
エリックと共に出撃する者は、少ない。
学院には多くの、それも優秀な魔術師たちがいるが、バケモノとの接近戦に対応できる者はこの15人しかいなかったのだ。
魔法は強力な攻撃方法となり得るが、発動させるためには魔力を制御しなければならず、呪文を唱える時間も必要となる。
街中を暴れまわっているバケモノたちの群れの中に突っ込んでいかなければならないとなると、魔力をうまく制御することもできないし、呪文を唱える時間も確保できないのだ。
だが、エリックにはそれで十分だった。
なぜなら、エリックと共に出撃する14人は全員、エリックと同じ目的、同じ気持ちを持つ、本当に信頼できる仲間だからだ。
その、エリックにとって信頼できる[仲間]には、リディアが再び加わっている。
正直なところを言うと、エリックの内心は、今でもリディアのことを許すことができていない。
リディアは、エリックに対する裏切りの、実行犯だからだ。
それに、聖母の陰謀に手を貸すことに迷いがあったのなら、どうして、エリックに教えてくれなかったのかと、そんな思いも消えない。
もしリディアがエリックに少しでもそのことを伝えてくれていたら、エリックはあの谷底に捨てられることもなかったし、黒魔術によって魔王・サウラの魂と1つの身体を共有することにもならなかっただろう。
ましてや、愚かにも聖母に助けを求めに行くことなど、絶対になかった。
リディアが、ほんの少し、勇気を出して、聖母やヘルマンたちからの[強制]ではなく、自分の[意志]に従ってくれていたら。
今さら過去に起こったことは変えることはできないが、エリックは、そう思わずにはいられない。
だが、今のリディアには、エリックに対する隠しごとはないはずだった。
彼女はエリックの目の前でヘルマンを裏切り、そして、エリックのために聖剣まで差し出してくれたのだ。
聖剣は、ツヴァイハンダ―と呼ばれる両手剣の形をしている。
その全長は、エリックの身長と同じくらいもあり、刀身の長さは1メートルを超える、諸刃の剣だ。
柄は両手でしっかりと握れるように長く作られており、鍔の先、刀身の根元の部分は刃がなく、そこを直接握って剣を振るうこともできるようにされている。
「私には、もともと、あつかいにくい武器でしたから」
エリックに聖剣を渡し、自分自身は護身用にレナータが持っていたレイピアと呼ばれる細い剣を受け取ったリディアは、「こんなもので、本当によいのですか? 」と困惑しながらたずねてきたレナータにそう言って苦笑していたが、実際、華奢で線の細い印象のリディアには、あつかいづらい武器だっただろう。
聖剣は聖母から与えられた力によって、勇者と聖女が持つとき、ほとんど重量を感じさせることはないのだが、なにしろ、大きすぎる。
聖剣の全長は、おそらくはリディアの身長よりも長いのだ。
エリックにとっても、あまり使い慣れた武器とは言えない。
故郷で鍛錬に励んでいたころ、剣術の指南役だった騎士から扱い方は教え込まれているから使うことはできるが、片手でも使えるオーソドックスな諸刃の長剣に慣れたエリックにとって、ツヴァイハンダ―を使った実戦は少し不安だった。
だが、威力は十分だ。
異形と化した聖騎士たちは、質量保存の法則を無視して肥大化しており、普通の剣ではその太い触手を一撃で切断することは難しい。
しかし、長大な刀身を持つ、ツヴァイハンダ―であれば。
その長さは聖騎士たちの触手を根元から切断するのに十分なものがあったし、長大な刀身を振り回せば遠心力が加わって、高い威力が期待できる。
元々は、リディアのような、男性に比べて体格で劣る女性であっても、魔王を倒せる威力を持たせるためのツヴァイハンダ―だったのだろう。
普通、ツヴァイハンダ―は体格の良い者でなければ扱えない、重たい武器だったが、聖女であれば聖母に与えられた力によって重量を気にせずに使うことができる。
そして、おそらくは、[用済み]となった勇者を始末するためにも、有効な武器だったのだろう。
ツヴァイハンダ―は振り下ろすときに高い威力を発揮する武器だったが、その長大さから、刀身の長い槍のように突き刺すことにも適している。
柄が長く、刀身の根元も握れるように作られているのは、そういった用途で使う時にもできるだけ扱いやすくするためだった。
勇者が身に着けている鎧を貫き、急所を、正確に突き通す。
あるいは、一撃で確実に、首を跳ねる。
その、聖母たちによる勇者への裏切りの実行をたくされていたから、リディアには彼女の体格では扱いにくい武器が与えられていたのだ。
しかし、今度は、エリックの命を奪おうとしたその聖剣が、聖母たちへと向けられる。
そう思うと、エリックにとっていまいましい存在である聖剣が自分の手にあることは、痛快なことだった。
「正門前のシールドに、人間が通れるほどの穴をあけます!
その穴から出撃して、できるだけ多くの街の人々を、その穴から魔法学院に避難させてください!
魔法学院に侵入しようとするバケモノは、こちらで、なんとか防ぎます! 」
魔法のシールドに穴をあける準備が整ったことを、レナータが頭上から知らせてくる。
「みんな、準備は、いいか? 」
そう言ってエリックが自分と共に出撃する14人の仲間たちの顔を見渡すと、みな、「問題ない」と答えるように、そして覚悟のこめられた様子で、重々しくうなずく。
「レナータ学長!
お願いします! 」
すべて準備が整っていることを確認したエリックは、魔法学院の門を薄く開くと、レナータに向かってそう言って合図していた。