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・第154話:「勇ましき者:2」

・第154話:「勇ましき者:2」


 勝算がなくとも、正しいと思えることのために、戦う。


 それは、果たして勇気と呼べるのだろうか。

 エリックは、勇ましき者であると、いえるのか。


 これは、蛮勇、あるいは、匹夫の勇と呼ばれるようなものなのではないのか?


 このまま魔法学院に、強力な魔法のシールドに守られた場所にいれば、エリックたちは誰も傷つかず、確実に生き残れる。

 なにしろ、魔王城にあったものを思い起こさせるほどの強固な守りなのだ。

 怪物へと変異した聖騎士たちの攻撃を受けても、ビクともしていない。


 常識的に、堅実に考えれば、このまま魔法学院で籠城を決め込んだ方が確実で、安全だ。

 バケモノたちは魔法学院には入ってくることができないし、そうやって時間を稼いでいる間にバケモノたちのことを調べ、弱点を明らかにすれば、より確実にバケモノたちを駆逐していくこともできるだろう。


 魔法学院は、人間社会の叡智えいちの結晶とも言うべき場所だ。

 優秀な魔術師たちが大勢集まっており、彼らがバケモノについての研究をするために必要な道具も資料も、なにもかもがそろっている。


 だが、そんなエリックたちにとって確実な、安全策をとれば、街は壊滅するだろう。

 そして、そこに住む人々は、誰も助からないかもしれない。


 後で人々から、街を見捨てた、と非難を受けることになっても、いくらでも理由づけはできる。

 魔法学院がその力によってバケモノどもを駆逐できていれば、その実績を持って、[あの時は、ああするのが最善だった]と、堂々と主張することができる。


 しかし、犠牲となった人々は、それでは返ってこないのだ。


「……シールドに、一時的に穴をあけることは、可能です」


 やがて、エリックの決意の固さ、重さに気圧されたのか、レナータはエリックにそう教えた。


「ですが、エリック殿。

 いったい、どうやってあのバケモノと戦うというのです?


 今のあなたは、丸腰ではありませんか」


 だが、そのレナータの指摘で、今度はエリックが驚かされ、きょとんとしてしまう。


 確かに、エリックには今、武器がない。

 ケヴィンからゆずってもらった魔法の剣は、ヘルマンからの攻撃を受けた時に落してしまい、拾っている余裕もなかったからあのままだ。

 今は、バケモノと化した聖騎士たちに踏み荒らされて、どうなっているのかもわからない。


 武器を持っていても、あのバケモノたちを倒せるかどうかわからないのに。

 素手で飛び込んで行ったら、それこそ、無駄死にするしかないだろう。


「それなら、これを、お使いください。


 ……勇者様」


 その時、エリックに向かって、リディアが一振りの剣を差し出してくる。


 それは、リディアが聖母から与えられた、聖剣だった。


「もちろん、私も、戦います。

 それで、これまで犯して来た罪の償いができるとは思わないけれど、でも、これからまた、新しく罪を犯すことは、しないで済むはずだから。


 この力は、勇者様。


 あなたが使う方が、ふさわしい」


 リディアは、落ち着いたはっきりとした声で、エリックのことを正面から見つめながらそう言った。

 どうやらリディアは、本心から、そう言っているらしい。


 聖剣。

 それを失ってから、エリックはその力の強大さを、思い知らされた。


 エリックはこれまで、鍛錬を怠ったつもりなどなかった。

 特に、勇者として選ばれ、人類の危機を救うのだという使命を与えられてからは、必死だった。


 そうして、エリックは魔王・サウラとの最後の戦いに臨み、勝利を手にした。

 自分の努力が実ったと、そう思った瞬間だった。


 だが、エリックは、聖剣がなければ[勇者]ではなかった。

 共に戦っていたころは、互角だと感じていたリディアに、聖剣を失ったエリックはまるで対抗できなかったのだ。


 赤子の手を、ひねるよう。

 リディアがエリックを再びその聖剣で貫くことがなかったのは、彼女が抱いていた罪悪感によってそうすることができなかっただけであって、聖剣を失ったエリックはリディアに翻弄ほんろうされるしかなかった。


 その、聖剣の力。

 それが、エリックの手に、たくされる。


 魔王だって、倒せたのだ。

 この聖剣の力さえあれば、バケモノたちを滅ぼし、街の人々をより多く、救うことができるかもしれない。


 だが、その力を手にすれば、もう、エリックは後戻りすることができなくなる。


 勝てるかどうかの確証のない戦いの中に飛び出していくことになって、エリックはその戦いの中で、本当に命を落とすことになるかもしれない。

 うごめくバケモノたちによって圧殺され、黒魔術で蘇生されながら、くり返し、くり返し、何度もエリックは殺されて、やがて消えてなくなるかもしれない。


 その死に方は、あまりにもむごい死に方だろう。

 容易には死なないだけに、エリックは徹底的に苦しみ抜いてから、絶望と苦痛の中で終わりを迎えることになるのだ。


「わかった。

 ありがたく、使わせてもらう」


 しかし、エリックはリディアにそうお礼を言うと、迷うことなく、彼女の手から聖剣を受け取った。


 たとえエリックにどんな未来が待っているのだろうと。

 聖母やヘルマンに復讐ふくしゅうを果たし、その欺瞞ぎまんに満ちた支配から人々を解放するために。

 そして、目の前で犠牲になっていく人々を、1人でも多く救うために。


 エリックは、戦うことを選んだ。


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