・第152話:「異形:2」
・第152話:「異形:2」
魔法のシールドによって守られた魔法学院は、ひとまず、安全な様子だった。
怪物と化した聖騎士たちは攻撃を続けているが、学院の守りを突破できる様子はない。
「な、なんなのよ、アレは!?
聖騎士なんてみんな、怪物みたいな奴らだって思っていたけど、あんな!
あんな、本当のバケモノになるだなんて! 」
地面に尻もちをつくようにへたり込んでしまったセリスが、動揺したように声を震わせている。
熟練した偵察兵であり、普段は冷静でいることの多いセリスでも、この状況には混乱し、腰が抜けてしまっている様子だった。
「リディア。
知っているのなら、教えてくれ!
あのバケモノは、いったい、なんなんだ!? 」
おそらく、あの異形の怪物の正体を知っているのは、リディアだけだ。
エリックにそう問いかけられたリディアは、悲痛そうな様子で、エリックに教える。
「あれが、聖母が施す[祝福]の正体、なのです。
祝福を与えられた者を、まったく別の存在へと変えてしまう、おぞましい力。
その肉体を変質させ、圧倒的な力を与える、禁断の外法です……ッ! 」
聖母によって選ばれた者に施されるという、[祝福]。
どうやらそれは、その名を聞いて人々が想像するようなものではなかったようだ。
それは、狂気の産物といえた。
聖母の[祝福]によって強大な力が与えられるが、その代償は、[祝福]を受けた者自身の命なのだ。
とても、正常な思考を持った者たちの行いとは思えない。
その時、門の外で、いくつもの悲鳴があがるのが聞こえた。
「た、大変だっ!!
バケモノたちが、街を、攻撃している! 」
エリックたちの位置からは見えない外の様子が見えていた魔術師の1人が、驚いたような声をあげる。
エリックは急いで城壁の上へとのぼる道を探した。
そして階段を見つけると、全速力で駆けのぼった。
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城壁の上から見下ろすと、そこには、凄惨な光景が広がっていた。
異形と化した聖騎士たちが、その場にいた者たちを、見境なしに攻撃しているのだ。
聖騎士たちと同じく、聖母に仕えているはずの教会騎士たちも、街に暮らしている人々も、関係ない。
触手をうねらせ、怪物たちが、破壊の限りをつくしていた。
突然の事態に混乱しつつも、教会騎士たちは必死に応戦していた。
剣で、槍で、斧で、弓で、弩で、ありとあらゆる武器を使い、戦っている。
教会騎士たちは、怪物たちに攻撃されている街や、その人々を守ろうとして戦っているわけではない。
自分の身を守るために戦っているのだ。
魔法学院を守るために張られたシールドによってエリックたちへの攻撃を阻まれた怪物たちは、無差別に辺りを破壊し始めていた。
まるで理性も思考も持たない、ただただ、破壊をもたらす存在であるかのように、怪物たちはその触手を振り回し、手当たり次第になにもかもを攻撃していく。
教会騎士たちは自分たちの身を守るために戦い、戦う術を持たない人々は、破壊される建物から逃げ出し、少しでも安全そうな方に向かって走る。
だが、次々と、犠牲者が生まれていく。
ある者は振り下ろされる触手によってぺちゃんこに叩き潰され、別の者は触手に薙ぎ払われて建物の壁に叩きつけられ、他の者は空中高く放り上げられ、恐怖に絶叫をあげながら放物線を描き、地面に落下して動かなくなった。
阿鼻叫喚の、地獄。
そこには、現在進行形で滅んでいく世界の光景が広がっていた。
「なぜ、こんなことをするっ!? 」
エリックは魔法学院の城壁にかじりつくようにしてその光景を見つめながら、愕然としていた。
意味が、わからなかった。
聖騎士たちが異形の姿に変異したことは、まだわかる。
エリックたちを確実に始末するという目的のあることだったし、自らの命を絶って自身の身体を変異させたということも、彼らの聖母への狂信を考えれば、まだ、理解することはできる。
だが、なぜ、無差別に街を攻撃しているのか。
それも、聖騎士たちと同じく聖母に仕えているはずの教会騎士たちまで、見境なく殺戮して回っているのか。
「あれは、不完全な、[失敗作]なのです……」
エリックが視線を向けると、絶望するような表情で怪物たちが街を破壊していく姿を見つめていたリディアが、エリックの疑問に答えるように言う。
「聖母の[祝福]は、確かに、力を与えます。
しかし、その[祝福]に適合できる者は、ごくわずか。
適合できなかったものは命を失うか、ああやって、不完全な形で異形のバケモノになるのです。
理性も、意志も、なにもかもを失って、周囲にあるものすべてを破壊するだけの存在に、成り下がってしまうのです……」
つまり、異形の怪物と化した聖騎士たちは、暴走しているのだ。
自我もなにもかも失って、ただ、手当たり次第に破壊する存在になってしまったのだ。
エリックは、自身の胸のあたりを強く抑えていた。
激しい怒りが、こみ上げてくる。
おそらくヘルマンは、こうなることを知ったうえで、聖騎士たちに異形となるように指示を出したのに違いないと、そう思えるからだ。
ヘルマンの姿は、見えない。
怪物たちに殺されてしまったのならいいのだが、しかし、あの卑劣なヘルマンのことだから、きっと自分だけはうまく逃げ出しているのに違いなかった。