・第151話:「異形:1」
・第151話:「異形:1」
リディアの、怯えよう。
彼女はいったいなにをそんなに、恐れているのだろうか。
なにも知らないエリックたちは、ヘルマンたちの行動を警戒しつつも、それほど深刻には考えていなかった。
「さぁ、聖母様に選ばれし者たちよ!
聖母様に与えられし、その真の姿を、あらわせ!
おろかな謀反人どもを、そして、謀反人どもに加担しようとする者たちを、皆殺しにするのだ! 」
ヘルマンは、勝ち誇ったように笑っている。
そして、そのヘルマンの言葉を合図としたかのように、聖騎士たちは逆手に持った剣を一斉に突き刺した。
彼ら自身の、胸元、心臓へと。
聖騎士たちが躊躇なく突き刺したのは、自分自身だった。
エリックたちは、リディアを除いて、呆気にとられる他はなかった。
自分で自分の胸を突き刺した聖騎士たちは、次々とその場に崩れ落ち、動かなくなっていったからだ。
「ああっ……。
なんという……。
なんという、ことを……」
ただ1人、すべてを理解しているらしいリディアは、口元を両手で覆い隠しながら、恐怖と悲しみで震え、そして、双眸から涙をこぼしていた。
辺りを、沈黙が覆う。
自ら命を絶った聖騎士たちはピクリとも動かず、その、常軌を逸した行動に、誰も、なんのリアクションも示すことができずにいる。
エリックたちだけではない。
ヘルマンの背後に集まってきていた教会騎士たちも、なにが起こったのかを理解できず、戸惑っている様子だった。
そして、変化は唐突に起こった。
シン、と静まり返った人々がじっと見つめている中で、突然、絶命したはずの聖騎士たちの身体が、ビクン、と跳ねるように起き上がる。
起き上がった、だけではない。
聖騎士たちの身体は、まるでそれまで人間という型にぎゅうぎゅう押し込められていたなにかが、抑えを失って一斉に飛び出して来るかのように、膨れあがった。
元の、人間だった時の聖騎士の大きさから考えれば、あり得ないほど巨大ななにかが、エリックたちの前にそのおぞましい姿をさらけ出す。
うねうね、ぶよぶよとした、見るだけで不快感を覚えるような、無機的な白い色をした、ヘビとも、触手ともとれる物体だった。
それは聖騎士たちが自身の身体に突き刺した剣のあたりから、次いで全身から、次々とウジがわき出すように生まれると、まるで1本1本が別個の生き物であるかのように蠢いた。
「勇者様、みんな、逃げて! 」
異形の怪物へと変異を遂げた聖騎士たちの姿に圧倒され、呆然と立ち尽くしていたエリックたちに向かって、リディアが叫ぶ。
聖騎士たちが変異した触手が、エリックたちの頭上から襲いかかって来たのは、エリックたちがリディアに突き飛ばされるようにして逃げ出した直後のことだった。
触手は、燃え盛る炎もおかまいなく、その巨体を振るって、エリックたちを叩き潰そうとしてくる。
積み上げられていた薪が火のついたまま蹴散らされ、触手が叩きつけられたところにあった石畳は砕け、辺りに破片が飛び散り、轟音が鳴り響く。
リディアが警告してくれていなかったら、エリックたちは触手によって圧殺されていただろう。
ひとまず攻撃を回避することはできたが、少しも安心はできない。
エリックたちを取りのがした触手は、激しくうねり、まるで津波のようにエリックたちに突進してきているからだ。
「早く、門の中へ! 」
頭上から、レナータがエリックたちに向かって叫ぶ。
言われるまでもない。
エリックたちは必死に、魔法学院の正門に向かって走った。
背後から異形の怪物たちが迫って来るのがわかる。
風圧が、轟音が、震動が。
重層的に、エリックたちを背後から威圧する。
幸い、正門までの距離は長くはなかった。
エリックたちはかつて聖騎士だったモノに追いつかれる前に門の中へと駆け込み、その背後で、エリックたちが通れるだけ薄く開かれていた重厚な鉄製の門がしっかりと閉じられる。
だが、異形の怪物たちはあきらめなかった。
その巨体を、質量を門へと叩きつけ、それを破壊して魔法学院の校内へと侵入しようとしてくる。
分厚い鉄製の門扉がきしみ、揺らぎ、ねじ曲がる。
今にも門が破壊されて、怪物たちがなだれ込んできそうだった。
しかし、ここは人間の魔術師たちの最高学府だった。
優秀な魔術師たちがここには、何人もいる上に、不測の事態に備えて学院には防衛機構が備えつけられていた。
何人もの魔術師たちが呪文を唱え、協力して、1つの魔法を作り上げていく。
そしてそれは、あらかじめ魔法学院の敷地に施されていた巨大な魔法陣を起動させた。
門を叩いていた怪物たちの触手が、弾き飛ばされる。
魔法学院全体を守り、覆いつくすように、巨大なシールドが展開されたのだ。
それはかつてエリックが勇者として魔法城を攻めていた時、魔王の居館を守るために使われていたのと同じ魔法だった。
物理的、魔法的な力を防ぎ、魔法学院を守るそのシールドは、魔王城を守っていたものと同じくらい、強力なものであるようだった。
いったんは弾かれた怪物たちは、それでもあきらめずにしつこくその巨体をうねらせて攻撃を続けていたが、シールドはびくともせず、その攻撃を防ぎ続けていく。
エリックたちは、触手がシールドを叩き続ける音を耳にしながら、聖騎士たちが変異して生まれたおぞましい怪物たちの存在に、戦慄する他はなかった。