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・第149話:「逆転:1」

・第149話:「逆転:1」


 エリックにはまだ、目の前で起こったことが信じられなかった。

 聖女・リディアが、自分を押し殺して聖母やヘルマンの命令に従っていた彼女が、今度はエリックではなく、聖母やヘルマンを裏切ったのだ。


 ヘルマンを斬りつけたリディアは、その顔に冷や汗を無数に浮かべ、聖母に逆らったことに対する怖れを色濃くその表情にあらわしながら、はぁ、はぁ、と、肩を上下させて荒い呼吸をくり返している。


 その身体が、小刻みに震えている。

 切っ先にヘルマンの血をまとった聖剣が、リディアの震えによって小刻みに、カタカタと震えでいる。


 強い感情に突き動かされて、衝動的しょうどうてきに。

 リディア自身、自分自身の行動に激しく戸惑っている様子だった。


「リディア!


 貴様、自分が、なにをやっているのか、わかっているのかぁッ!? 」


 そんなリディアに向かって、剣を持ったままの手で傷口を抑えながら、ヘルマンが叫ぶ。


「俺に逆らうということは、聖母様に逆らうということなのだぞッ!?


 もはや、自由意思を奪うのでも、ガラスびんに戻すのでも、足りぬ!

 貴様は、他の実験生物どもと同じように、[処分]されるのだぞ!? 」

「かまいません、それでも! 」


 リディアは身体を震えさせながらも、両手で聖剣の柄を握りしめ、その切っ先をヘルマンへと向けながら、断固とした言葉で言い切る。


「どうなろうと、私はもう、お前たちには従わない!


 お前の命令にも、聖母の命令にも、従わない!


 私は、もう!

 私のことを信じてくれた人たちを、裏切ったりしない! 」

「バカな!

 なんと、おろかな! 」


 そのリディアの決意に、ヘルマンはいまいましそうに表情を歪めながら、吐き捨てるようにそう言った。

 しかし、聖剣を手にしている聖女を相手にしてはさすがのヘルマンも手が出せないらしく、傷口から血をしたたらせながら、反撃してこようとはしない。


 エリックは、呆気に取られていた。

 最初はリディアを誘って急所を外させるために、次いで、リディアへの同情から彼女に言葉を向けたのだが、その結果がこんなことになるとは、まったく思っていなかったし、理解も追いつかなかった。


 周囲にいる者たちも、似たようなものだった。

 辺りは聖騎士や集まって来た教会騎士たちによって二重三重に取り囲まれていたが、それらはみな、身動きが取れずにいる。


「リディア!

 よく言ったぁっ!! 」


 リディアの突然の反抗によってその場に膠着こうちゃく状態が生まれようとした時、それを打ち破るように、高らかな叫び声が辺りに響いた。


────────────────────────────────────────


 それは、聞き間違えようもない、クラリッサの声だった。


 だが、クラリッサは、はりつけ台に捕らわれたまま、ヘルマンたちが放った炎によって、焼かれてしまったはずだ。

 そう信じられないような気持でエリックが声のした方を見ると、そこには確かに、クラリッサの姿がある。


 クラリッサは、まだ燃えている火刑台の炎の向こう、魔法学院の正門の上で、仁王立ちしていた。


 その表情は、なぜか、誇らしげな笑顔。

 何日もはりつけにされた上に、炎であぶられたはずなのに、ずいぶんと元気そうな、晴れやかな表情だった。


 もちろん、聖母やヘルマンたちから受けた過酷な仕打ちの痕跡も、残っている。

 身に着けている衣装はみすぼらしく汚れ、すすにまみれたものだったし、クラリッサの顔はよく見るとやつれている。


 魔法によって生み出された幻覚や、そっくりさんではない。

 間違いなく、クラリッサ本人であるようだった。


 いったい、どうやってあのはりつけ台から、燃え盛る炎の中から、逃げ出したのか。

 セリスもハーフリングも、炎を前にクラリッサの救出に苦戦していたし、あの後、無事に彼女を救出できたとはとても思えなかった。


 だが、クラリッサは確かにそこにいて、笑っている。

 それだけではなく、魔法の杖をかまえて、呪文を唱えている。


「おのれ!


 誰か、あの反逆者めを、射殺せ! 」


 ヘルマンはクラリッサが魔法を使おうとしているのを阻止しようと、屋根の上に残っていた聖騎士たちにそう命じた。

 すると、聖騎士たちの内で、クラリッサのいる場所まで届く射程を持った弩を装備した者たちが、一斉にクラリッサに向かって照準を定めた。


 クラリッサが呪文を唱え終え、魔法が発動する方が早かった。

 クラリッサが力強く呪文の最後の一節を唱え終えると、彼女がかまえている魔法の杖の先端に魔力が凝縮され、形となって、放たれる。


 その向かってくる先は、エリックとリディアのいる場所だった。

 クラリッサが生きていたことにほっとして、気の抜けたようになっていたエリックは、自分に向かって飛んでくる魔法に反応することができない。


 だが、その場にじっとしているのが、正解だった。

 クラリッサが放った魔法はエリックとリディアの近くで発動すると、2人を中心として衝撃波を放ち、ヘルマンや教会騎士たちを弾き飛ばしたのだ。

 それだけではなく、衝撃波が広がるのと同時に濃い煙が広がり、まるで、煙幕のように辺りを包み込む。


「エリック、走って! 」


 その衝撃波と煙幕で混乱する教会騎士たちの間をぬって姿をあらわしたのは、セリスだった。

 彼女はそう言うなりエリックの手をつかむと、強い力でエリックを引きよせる。


 セリスにうながされるまま走り出したエリックだったが、その視界に、煙幕の中で立ちつくしているリディアの姿が映った。


 エリックを、背中から突き刺した、裏切り者。

 しかし、今は聖母に反抗し、エリックのために戦おうとした、リディア。


「来い、リディア! 」


 エリックは咄嗟とっさにそう叫ぶと、リディアの手をやや乱暴につかみ、彼女を連れて駆け出していた。


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